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今でも奥さんと?

2009年07月09日(Thu) 佐川 光晴

 生真面目な内容ばかり続いたので、今回は尾籠(びろう)な方面を少々・・・。

 詩人で劇作家の寺山修司と作家の吉行淳之介がこんな話をしているのを見つけた。

吉行 女性に関して、地理派と歴史派とあるというのは、寺山さんがいい出したんだろう。

寺山 そうです。

吉行 つまり、駅弁でも買うように、手広くやるのが地理派で、歴史派というのは、一人の女を深く追究するタイプであると。それで、おれのことを地理派だといっていたけど、あなたはどっちですか。

寺山 ぼくも地理派ですね。

吉行 そうかねえ。

寺山 日本は、歴史派の漁色家を非常に尊ぶ傾向があって、地理派はあまりはやらないですね。

吉行 しかし、歴史派は相手が一人だから、漁色ということにはならないだろう。

寺山 いや、一人の女から百人分を引き出すという意味では、やっぱり一種の漁色ですよ。
これも一つの才能だと思う。

吉行 おれ、わりにその才能もあるんだよ。

寺山 それじゃ、社会科全部だな、地理も歴史も(笑)。

                     『やわらかい話─吉行淳之介対談集』(講談社文芸文庫)

 たわいがないと言ってしまえばそれまでだけれど、愉快で機知に富んだ掛け合いは見事としか言いようがない。これはまだほんのさわりなので、興味のある方はぜひ全編をお読みいただきたい。

 さて、私は自他共に認める歴史派だが、妻からどれほどのものを引き出しているのかとなると、あまり自信はない。そもそも自分の思い通りに女性から何事かを引き出せるという発想が、なんとも強気というか、勘違いもはなはだしいのかもしれなくて、これは男女の立場を入れ替えてみればすぐに分かる。それに自分が引き出した感興や能力がきっかけになって、女性が離れていく場合だってあるだろう。

 そう考えてみると、男女が刺激を与え合うというのもなかなか恐ろしいことである。しかし刺激も変化もなければ、その先に待っているのは倦怠しかない。

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 故人ばかり登場させて恐縮だけれど、ある日曜日の夕方、大岡昇平(*1)が福田恆存(*2)の家に電話をかけた。するとお手伝いさんが出て、旦那様は今お風呂に入っていますと言う。大した用事でもないので、それなら奥さんでもいいんだと大岡が言うと、奥様もお風呂に入っていますとのこと。お手伝いさんとは顔見知りなので、あいつらはいつも2人一緒に入るのかいと大岡が聞いたところ、旦那様が家にいる時はそうですとの返事。

(*1) 大岡 昇平(おおおか・しょうへい) 1909~1988
東京生まれ。京都帝大仏文科卒。帝国酸素、川崎重工などに勤務。1944年、召集されてフィリピンのミンドロ島に赴くが、翌年アメリカ軍の俘虜となる。49年、戦場の経験を書いた『俘虜記』で第1回横光利一賞を受賞。代表作に『野火』『花影』『レイテ戦記』などがある。

(*2) 福田 恆存(ふくだ・つねあり) 1912~1994
東京生まれ。東京帝大英文科卒。中学教師、雑誌編集者、大学講師を経て、文筆活動に入る。代表作に『人間・この劇的なるもの』『藝術とは何か』『私の國語教室』などがある。

 50歳になろうとする夫婦が毎日一緒に風呂に入っている、これは可笑しいというので、さっそく大岡が友人たちに触れ回った。それを知った福田が、いくらなんでもあんまりだと抗議をすると、大岡がそれもまとめてエッセイに書いて、文句を言えば言うほど噂が広がるとさすがの福田恆存も諦めた。

 いたずら半分とはいえ、今ならプライバシーの侵害を懸念して、まず公にされないネタだろう。やはり昔は大らかだったのだし、2人の文士への評価と信頼が読者に共有されていてこそのゴシップなのだと、私は思う。

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 今度は私の話。

 先日、同年輩の女性2人と酒席を共にした。1人は離婚経験のある独身者。もう1人は週末のみを夫と共に過ごしていて、子供はいない。しばらくあれこれ話した後に、佐川さんはどなたか作家の知り合いはいないんですか、と訊ねられた。

 小説家の看板を掲げて9年になるが、幸か不幸か、同業者の友人は1人もいない。もともと作家になるつもりなどなかったうえに、35歳とデビューが遅く、悪ふざけをしながら仲良くなるような年齢を過ぎていた。

 それに加えて、家事と育児を引き受けている都合上、作家たちが集まるような場所にも出かけられない。もっとも、かつてのように作家や批評家が足繁く交流し、互いを磨き合うような関係は絶えて久しいと思う。

 そんな言い訳をした後に、私は唯一の知り合いとしてSさんのことを話した。歳は4つ違いだが、むこうは20歳でデビューしているので、キャリアは25年以上。文壇きっての二枚目で、先の寺山修司の分類に従えば、地理派の筆頭と言っていいだろう。となるとおおよそ想像はついてしまうかもしれないが、ここはSさんで通させていただきたい。

 Sさんとはパーティーの席で2~3度話したことがあり、さるシンポジウムにもパネリストとして一緒に参加した。そんな縁で、今度飲もうよと誘われて、私はいそいそと都内某所に出かけていった。

 聞きしに勝る長ッ尻で、結局朝までつき合わされて散々な目に遭ったのだが、待ち合わせの店に遅れて現れたSさんは開口一番、「佐川さんは、奥さんとしてますか?」と言った。

 「ええ、してますよ。他にする相手もいませんし。Sさんは、奥さんとしてないんですか?」

 唐突な質問に動揺しながらも、私はなんとか切り返した。

 「ぼくは、ずっとしていなかったんですけど、最近また妻とするようになりましてね。いいもんですね」

 誠実なんだか、いい加減だか分からない物言いがいかにもSさんらしくて、私はこれまでも何人かにこの話を披露してきた。しかし、その晩の女性たちの反応は予想外のものだった。

 「えー、それで佐川さんは、今でも奥さんとしてるんですか?」

 「してますよ。お二人は、してないんですか?」

 「だってねえ・・・」と、さも嫌そうに言葉を濁したのは週末婚の女性だった。バツイチ女性も、35歳頃に再婚を考えた男性がいたが、その相手と別れてからはもうずっとしていないという。

 福田恆存の夫婦風呂はお手伝いの口から露見したが、私は自ら口を滑らせたわけで、今さら取り繕いようもない。それに40代半ばで性交への興味を失うというのも、いささか淋しいではないか。それとも、私の方がおかしいのだろうか・・・、などと彼女たちに面と向かって言えないことを考えつつ、私はウイスキーのお代わりを頼んだ。

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 私が福田恆存に興味を持ったのは『私の幸福論』を読んでからだ。この本はちくま文庫として今でも書店に並んでいる。初版は昭和31年、つまり1956年だから、書かれたのは50年以上も前で、言葉遣いは少々古めかしい。

 しかし、人が生きていくことの幸福について、これほど示唆に富んだ本は他にないと、私は思っている。

 夫婦風呂の一件からも分かるように、福田恆存は愛妻家だった。ただし彼が無条件に結婚や家庭の価値を説いているわけではない。

<正直にいって、私はどの女性にも性欲を感じます。もし性欲というものが、ふつうに意識されている程度の好奇心と末梢的刺激にすぎないものなら、私はほとんどすべての女性に性欲を感じる。が、その程度の欲望なら、私はあらゆる品物にたいして所有欲を感じるといえましょう。が、品物や食物にたいする欲望と同程度の性欲を、私は性欲と呼びたくありません。品物は私になんの感情をもたなくても、いや、もたないほうが、私の所有欲を満足させ、使用を便ならしめますが、性欲はやはり相互の深い信頼感に基づかなければ真に充足させられないのです。>(『私の幸福論』「十四 ふたたび恋愛について」)

 と、誠に正直かつ真っ当な見解を語った後に、

<もちろん、私は一夫一婦制を信じております。正直にいえば、ごく最近、それを信じる気になったのであります。>(同「十五 結婚について」)

 とある一文を読んで、私は吹き出した。

 笑ったのは福田をバカにしたためではなく、彼の気持ちの動きが身に沁みて分かったからだ。

 ちなみに、こう書いた時の福田は44歳、現在の私と同じ年齢である。そして、敬愛する福田恆存にならい、私も妻とこのまま添い遂げられたらいいと願望していることを告白して、恥多き一文の終わりと致します。