パリ近郊の小さな村に、フレンチのグランシェフたちからのラブコールが絶えない野菜を作っている日本人がいる。その人の名は、山下朝史さん。彼の顧客には、アストランス、ピエール・ガニエール、ジョルジュ・サンク、トゥール・ダルジャン、ズ・キッチンギャラリー、そして日本料理のギロギロといったパリの一流店が名を連ねる。

3つ星レストランの依頼も断る

 「フレンチのレストランでは、1つ星が最低ランクです。ウェイティングリストはさらに豪華ですよ」

「オートクチュールの野菜」を作る日本人、山下朝史さん

 今をときめくヤニック・アレノシェフのル・ムーリスもその中にあり、最近では、やはり3つ星のブリストルからの依頼も断ったという。

 「この間、食事に行った時に、とりあえず日本人だから、シェフに手土産をと思って、うちの蕪を持っていったんです。彼がそれをひとくち口に入れた瞬間、おそらく、4つ5つのレシピが頭に浮かんだような顔をしました。そしてすぐに、1日に15から20個欲しいと言ってきたんですけれど、それはできないので、お断りしました」

 「うちの蕪は1週間に最高で90しか作れない。既に6件ある得意先で分けると、1件当たり15個なんですよ。だから、それ以上はできません。例えば、ジョルジュ・サンクの場合、定休日がありませんから、1日110席を7日間・・・。それだけのお客さんの数に対して、どうやって15個の蕪を分けるか、というくらいなんです」

 パリの3つ星レストランが所望しても手に入らない山下さんの蕪。農園で土から掘り起こしたばかりの蕪を生で食べさせてもらったが、それは、実にみずみずしくてやわらかな弾力があり、しかも密度の濃さを感じさせる食感で、特級のフルーツ以上の上品な甘さが広がる日本種の蕪。

オートクチュール野菜と命名された

 対してフランスの蕪は、山下さんに言わせれば、「しっかり煮ても、口の中に筋が残る」というもの。生で食べてもこれほどに美味しい蕪は、当然のことながら、グランシェフたちにセンセーショナルな感動をもって迎えられた。高名な料理評論家が「奇跡の蕪」と言ったという名物の蕪を筆頭に、山下さんが丹精して作る野菜は、「オートクチュールの野菜」とも形容されるほどなのである。

 「好きな時に、好きな野菜を好きなだけ、好きな値段で売るということを了解してくれるところとだけ、取引をします」と、痛快なほどに、彼自身もまた誇り高い。