会計は、企業の価値創造プロセスを捉えるものであるが、価値は主観的なものであるので、価値そのものを正確に把握することはできない。

 それゆえに、価値がどれだけ創造されたかではなく、価値創造のためにどれだけのお金を投資したかを記録し、また価値がどれだけ創造されてどれだけ顧客に届いたかではなく、価値の対価としてどれだけのお金を受け取ったかを記録する。その具体的な会計処理については前回見た通りである。

利便性や機能性から「幸せ」に価値観が変化

 このような会計処理は、価値と会計数値の乖離が小さい時代は有効に機能していた。しかし前述のように、価値そのものの性格が、利便性や機能性から顧客の幸せに変化している。

 もはや、単に便利なものや高機能なものを作れば売れた時代ではない。投下した資本の額に比例して価値が創造され、その創造した価値に比例して売り上げが計上できた時代とはビジネスの前提が根本的に異なり、価値と会計数値の関係もまた大きく変わったのだ。

 価値そのものが、顧客の幸せというきわめて主観的で抽象的なものになった現在においては、投下した資本の額に比例して価値が創造されるわけでもなければ、顧客がその価値を素直に認めて売り上げになるわけでもない。

 商品やサービスの価格は、その商品やサービスを生み出すためにかかったコストとはほとんど関係がなくなってきている。

 このように、価値と会計数値との乖離が進んでいるにもかかわらず、多くの企業は会計数値にのみ着目した社内管理やビジネスプロセスを構築している。会計数値にのみ着目した管理は、価値と会計数値の乖離が小さい頃は特に問題は生じなかったが、今では深刻な問題を引き起こしている。

 本来、企業にとって最も大切なのは価値の創造である。価値を創造できないまま利益だけを追い求めれば、誰かから奪い、誰かに損失を押しつけることで利益を得るしかない。

 その結果一時的に利益を得たとしても、奪って得た利益は、瞬時に情報が伝わりグローバル化した経済の中で、結局自分に戻ってくる。これがサブプライムを契機とする金融危機の本質であることは既に述べた。

 しかし価値と乖離した会計数値のみを管理対象とすると、この奪い合いの構造を増長してしまう。価値を創造するよりも会計上の数値目標を達成することが重視されてしまう結果、安易に損失を押しつけ、誰かから合法的に奪ってでも利益を生み出そうとしてしまうのだ。

人事評価を利益重視から一変させた三井物産

 この問題に直面して悩み、そして今問題を克服しつつある会社の例として、三井物産が挙げられる。

 同社では、かつて個人の業績評価を会計上の利益に連動する人事評価制度を導入したことがあった。その人事評価制度導入後は、社員が利益を最重要課題として捉えたため、企業の業績は拡大した。

 しかし、利益が最重要課題となったことから、次第に目先の利益を稼ぐために顧客が必ずしも必要としないものを売ったり、チームの業績を自分だけのものにしたり、同僚や部下を指導し助け合う風土が失われたり、といった様々な問題が噴出した。

 そうした会計数値至上主義がピークに達した時、不祥事が起きた。