(英エコノミスト誌 2009年4月11日号)
キッコーマンの茂木友三郎氏はいかにして醤油を世界的な商品に仕立て上げたのか。
キッコーマンを大きく成長させた茂木友三郎会長兼CEO〔AFPBB News〕
1959年にシカゴで開催された国際貿易見本市で、来訪者たちは「ソイソース(醤油)」と呼ばれる新しい調味料で味つけされた、塩味の利いたローストビーフに舌鼓を打った。ローストビーフを取り分けていたのは、若い日本人男性たちだ。
試食をしていた人々は、彼ら外国人が単なる実演スタッフでなく、醤油に対する米国人消費者の反応を直に見たいと考えたキッコーマン米国部門の社員だったことなど知る由もなかった。
その中の1人が当時24歳で、コロンビアビジネススクールの学生だった茂木友三郎氏。17世紀前半にその起源をたどるキッコーマンの創業家の1つの御曹司である。
1995年に社長に上り詰めた頃には、茂木氏はキッコーマンを国際的な食品会社へ変貌させ、無名なアジアの調味料を一躍世界の主流商品に仕立て上げつつあった。「我々は日本人以外の一般消費者の関心を引こうと努力した」。茂木氏は日本人社長にしては珍しく流暢な英語でそう語る。
現在キッコーマンは世界最大の天然醸造醤油メーカーだ。同社は醤油の海外売り上げを過去25年間にわたって年間10%近く伸ばしてきた。独特な曲線を描くキッコーマンの醤油ビンは、イタリアのオリーブオイルやフランスのマスタードなどの調味料と並び、世界中のレストランや台所で当たり前に見られるようになった。
ブランドコンサルティング会社インターブランドはキッコーマンを、自動車メーカーと電機メーカーがランキングをほぼ独占する、最も認知度の高い日本企業の1つと位置づける。
確かに、キッコーマンという会社はいくつかの点で独特だ。同社は1973年、日本の食品メーカーとして初めて米国に工場を新設した。当時、茂木氏は同社の米国部門を指揮していた。
日本企業の多くがM&A(企業の合併・買収)を避けるのに対し、キッコーマンは事業を拡大する過程で、米国企業ならびに日本企業を積極的に買収してきた(同社は今年1月、企業買収が容易に行えるようになる持ち株会社制度を導入した)。
茂木氏は後継者の育成計画を含め、自身が実行してきたコーポレートガバナンス(企業統治)改革について、誇らしげに語る。2004年以降、社長職は創業家以外の人間が務めている。また、同社は権限を東京に一極集中させず、海外子会社の社長に委譲していることでも知られている。
キッコーマンは茂木氏の指揮の下、年間売上高を40億ドル超にまで拡大させた。醤油の売上高は全体の2割で、現在、売上高の大半は日本や海外での醤油以外の商品の販売から来ている。
キッコーマンは米国でアジア食料品卸売最大手で、欧州、中国、オーストラリアでも同じような事業を展開している。アジアでは「デルモンテ」のブランド名で果物や野菜の缶詰を販売しており、日本のコカ・コーラのボトラーの1社はキッコーマンの子会社だ。
海外売り上げは売上高全体の3割を占めるにすぎないが、営業利益では55%を稼ぎ出す。海外営業利益の4分の3は北米市場の利益。一定の指標で見れば、キッコーマンは日本企業の中で最も米国市場への依存度が高い企業なのである。
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