近年多くの方に知られるようになった農業経済学者に、明治学院大学の神門善久(ごうど・よしひさ)先生がおられます。『日本の食と農 危機の本質』(2006年、NTT出版)や『偽装農家』(2009年、飛鳥新社)などの著書が有名です。

 私は神門先生の主張に与する者ではありません。先生の告発する事実、すなわち将来の土地の値上がりを期待し、農地の転売で儲けたいがゆえに農業を続けている農家は確かに存在します。しかし、国会に例えれば共産党や社民党の議席ほどの存在感しかない人たちをクローズアッブしすぎなのではないかと考えています。

 とはいえ、勇気ある主張を行ったことに敬意を表しますし、彼の主張が世に知られるようになったことも大変喜ばしいことだと思っています。

 なぜなら私の知る限り初めて出現した、農業経済の専門書を一般読者に読ませることに成功した農業経済学者だからです。

農業経済学や農業経営学に存在価値はあるのか?

 アマゾンで「農業経済学」あるいは「農業経済」をキーワードにして検索してください。学部の学生しか買わないような農業経済学の教科書がたくさんヒットします。教科書以外は全てが専門書で、見かけるのは都市部の大書店で棚に1冊差してあるだけ、という状態がほとんどです。神門先生の本は、一般書店で平積みされたことが画期的です。

 「農業経営学」はどうでしょうか。同じくアマゾンで検索してみましょう。一昨年の空前とも言えた農業ブームの時、出版社は農業経営の本を書けそうな人を探し求めました。そして多くの本が出ました。そんな時期ですら、農業経営学者は一般向けの本を、誰も、1冊も書いていません。すなわち存在感は、ゼロです。

 農業という言葉が付いていない「経済学」や「経営学」はどうでしょう。市場が大きく、たくさんの本が出版されています。著者の多くは経営者やコンサルタント、シンクタンク研究員などですが、そうした人たちに比べて、経済学者や経営学者の存在感は決して小さくありません。この違いはなんなのでしょうか?