かつて米国の大統領選で、これほど副大統領候補が重要視されたことがあっただろうか。周囲のアメリカ人に聞いても、これまで副大統領候補なんて気にかけたことがなかったと一様に答える。

 なぜ、副大統領候補にこれほど注目が集まっているのか?

 1つは、ディック・チェイニー現副大統領の存在がある。チェイニーは副大統領として絶大な権利を行使し、ブッシュ大統領を操り、思うままに政権運営をしたと広く信じられている。再びチェイニーのような「悪人」に国を牛耳られてはたまらないという気運が、「うかつに副大統領を選んではならない」という風潮を生み出した。

 もう1つは、ヒラリー・クリントンの存在だ。クリントンは予備選(民主党の党指名争い)で敗れたとはいえ、1800万人の票を集めた。民主党員には、熱狂的な「ヒラリー支持者」が少なくない。彼らは「バラク・オバマ候補には投票しない」と公言してはばからない。オバマがクリントンを副大統領候補に指名すれば民主党の分裂は収まり、クリントン票も取り込める。だからオバマは彼女を選ぶのではないかという憶測が流れ、副大統領候補に一躍注目が集まった。

保守派を取り込むために抜擢されたペイリン

共和党、副大統領討論会に向けて「ペイリンズ・ブートキャンプ」
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 さらに火に油を注いだのは、共和党(ジョン・マケイン陣営)の副大統領候補、サラ・ペイリンの登場だ。オバマがジョー・バイデンを選び、そのあまりにも堅実な選択に誰もが軽い失望を覚えた直後に発表された。

 ペイリンは元準ミス・アラスカ、元猟師といった異色の経歴が話題になっているが、もちろん話題作りのためだけに抜擢されたのではない。マケインの弱点をきちんと補うように選ばれている。

 当初、マケインがペイリンを選んだのは、クリントンに流れるはずだった票、主に女性票を取り込むためだと言われた。だが、それは誤った推測だった。

 マケインの弱点は、共和党員としてはリベラルすぎることである。中絶や同性同士の結婚の是非、進化論を学校で教えるか否かなどの問題で、保守派と同じ立場を取るかどうかが疑問視されてきた。この数年で大きな票田に成長したキリスト教右派のグループは、早い段階でマケインを支持しない可能性を示唆していた。

 これを補うのがペイリンの役目だ。ペイリンは敬虔なキリスト教信者で、子供たちは進化論ではなく、万物創造説を学校で学ぶべきだと発言してきた。中絶に関しては、たとえレイプされて妊娠したとしても子供は産むべきだという考えだ。彼女は5児の母親だが、末の子供はダウン症候群である。妊娠中にダウン症だということは分かっていたが、自分には中絶などという選択肢はあり得なかったと語っている。

 つまり彼女は保守派にアピールする絶好の候補なのだ。マケインの思惑通り、早速、「ペイリンが副大統領候補なら支持する」とキリスト教右派のグループが声明を出した。

波乱万丈の人生を送ってきたバイデン

 大統領候補の弱点を補うといった点ではバイデンも同様だ。オバマの弱点は、経験が不足していることと労働者階級に人気がないことだと言われてきた。特に外交面の経験が無いに等しいため、国際問題が山積する中で大統領を務めることができるのかと攻撃されてきた。また、「エリート」のイメージが強いため、労働者階級から敬遠されてきた。

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 バイデンはベテラン議員であり、上院司法委員会、上院外交委員会の委員長を務め、政治の王道を歩いてきた。また、労働者階級出身の議員として知られ、議員報酬以外の収入は一切なく、投資もせず、長年最も資産の少ない議員としてランクされてきた。そのため中流層以下に人気がある。オバマの弱点を補う格好の人物である。

 バイデンの武器はそれだけではない。彼は波乱万丈の人生で知られ「サバイバー」とも呼ばれている。まず幼少期からどもりで悩み、20代になるまで治らなかった。毎日鏡に向かって詩を朗読し、懸命に発音を矯正したバイデンのことを、彼の姉が語っている。