IOCのジョン・コーツ副会長(写真:松尾/アフロスポーツ)

(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

 5月24日は、41年前にモスクワオリンピックのボイコットが決まった日だ。

 1979年12月にソ連がアフガニスタンに侵攻。これに抗議した米国が翌80年7月のモスクワオリンピックのボイコットを表明し、西側諸国にも呼びかけた。日本政府はこれに従う方針を示したことから、この日にJOC(日本オリンピック委員会)の臨時総会が開かれ、挙手による決議の結果、不参加29、参加13でモスクワ大会の不参加が決まった。モスクワ大会は7月19日が開会式だったから、2カ月を切ったところでの決定だった。

JOC山下会長の気持ちも分かるが

 その時に選手として涙を飲んだのが、現在の山下泰裕JOC会長だ。その体験からすれば、1年延期となった東京オリンピックは、選手のためにも開催したい意向が強いはずだ。

モスクワ五輪の柔道代表に選ばれていながらボイコットにより涙を飲んだ山下泰裕は、4年後のロサンゼルス大会に無差別級で出場、二回戦で右ふくらはぎの肉離れを起こしながら見事金メダルを獲得した。(写真:山田真市/アフロ)

 だが、新型コロナウイルスの感染拡大で、開会式まで2カ月と迫った現時点で、東京をはじめ10都道府県に緊急事態宣言が発出されている状況で開催が可能なのだろうか。5月31日までとされている東京の発出期限は、さらに延長される可能性も囁かれている。