タイは近年、「アジアの生産基地」と呼ばれ、多くの日系企業が工場進出を果たしてきた。しかしその一方で、高い離職率やそれに伴う技能伝承の問題も抱えている。

 筆者らは2006年2月に日系企業のタイ工場を訪問した。3年ほど前の訪問であるが、従業員のメンタリティーや働きぶりは現在も大きくは変わらないはずだ。筆者が実際に訪れたガラス工場を中心に、タイの工場が抱える問題を考えてみたい。

安定操業を支えるのは日本人スタッフ

 板ガラスづくりでは、「フロート法」と呼ばれる製法が40年の長きにわたって変わらず、そして今なお主流であり続けている。それほど完成度の高い製法なのだとも言える。

ブラウン管ディスプレイ用ガラスの製造の様子

 

 一度火を入れたら、たとえ不良品や設備故障があろうとも、まずラインは止めず、15年間作り続ける。まさに連続フローの醍醐味である。仮にシャットダウンでも起きて熔解窯の燃焼を止めることにでもなると、復旧に数カ月を要しかねない。したがって、いかにラインを止めずに安定操業させるかが、現場オペレーターの最重要課題となる。

 こうした工程上の制約があるため、どの地域だろうと、工程管理の仕方に大きな違いは生じない。加えて設備もかなりの程度自動化されているから、オペレーターの育成さえきちんとできれば、日本のものづくりの再現も容易そうである。

 ただし、20年の生産経験のあるタイ工場でさえ、日本人による支援スタッフ抜きでは生産性の維持が難しい。いざ日本人スタッフを引き揚げると、どうしたわけか安定操業が確保できなくなったり、その結果、歩留まりの低下を招いたりするというのである。

技能伝承は徒弟制、だが高離職率が問題

 こうした問題に対処するために、工場ではいわば徒弟制のようにしてオペレーターを育成せざるを得ないケースもある。例えば、熔解炉の異常は燃えさかる炎の色を見て検知するが、色の変化を言葉で表現するのは難しい。また、その見え方も個人差があるため、以心伝心で伝えざるを得ないというのである。こうしたオペレーターの習熟には時として10年20年と気の遠くなるような時間を要することもある。