文・画像=末永幸歩

興味に向き合う特別授業

 ビジネス、進路選択、子育て・・・人生における様々な場面で、無意識のうちに他人が求める姿に自分を当てはめようとはしていないでしょうか? 他人の評価ばかりに気を取られ、疲弊することはありませんか・・・?

 昨今、ビジネスをはじめ各方面で注目されているアート思考。私が美術教師として中高生に対して行ってきた授業を書籍化した『13歳からのアート思考』は12万部を超えるベストセラーとなり大きな反響を呼んでいます。

 一方で、「アート思考」という言葉に堅苦しさを感じたり、そもそも「アート」自体、敷居が高くてとっつきにくいものであると感じたりする人も多いようです。

「~思考」と名前がついてはいるものの、アート思考とは難しい手順のある「方法論」ではなく、自分自身に目を向け、自分の人生を面白く生きるための「マインドセット」のようなものであると私は考えています。

 アート思考とは、自分の興味・疑問・好奇心に目を向けて、そこから探究をしていくことで、それによって「自分だけの答え」を生み出すことです。

 これはまさに、アーティストたちが、作品を生み出す過程で行っている自分起点の思考法なのです。

「すべての子どもはアーティストである」というピカソの言葉のように、子どもはだれでも自分の興味・疑問・好奇心に正直です。あなたも例外ではなかったはずです。しかし、この言葉には続きがあります。

「問題なのは、どうすれば大人になったときにもアーティストのままでいられるかだ」

 長い年月を経て、心の奥底でホコリを被ってしまった自分の興味を見つけるにはどうしたらよいのでしょう?

 今回は、アート思考のスタート地点である「自分の興味」について、高校1年生に向けて行った授業を例にお話しします。

 

カメラロールに自分の興味が潜んでいる

「自分の興味を掘り下げる」あるとき私は、こんなテーマで美術の授業を行いました。授業の冒頭で、生徒たちにこう投げかけました。

 自分のスマホのカメラロールから、「自分のワクワクを掻き立てる写真」を3枚選んで、プリントアウトしてください。

 この課題にはポイントが2つあります。

 1つめは、新たに写真を撮るのではなく、カメラロールに既に入っているものからピックアップするというところです。

 カメラロールに入っているすべての写真には、その人なりの視点が含められています。無自覚に集められた写真を見直すことで、これまで意識していなかったような自分の興味に目を向けることができるのです。

 2つめのポイントは、「3枚を選び取る」という点です。

「楽しかったあの旅行での一連の写真・・・」といった漠然としたものではなく、そこから「最も自分をワクワクさせる1枚はどれか」と考えます。これによって、そこに「選んだ理由」が生まれ、自分なりの視点が明確になってくるからです。選択に迷う生徒にはこんなふうに伝えています。

「部屋の壁に貼ってあればいつもあなたのワクワク感を掻き立ててくれるようなものを」。

 さて、写真を選んだ生徒たちにはつぎの課題です。

 その写真の「どこに」ワクワクしたのか、「なぜ」それにワクワクしたのか考えましょう。

 カメラロールから選び取った写真は、それだけではまだ自分の興味とはいえません。それらの写真を入り口に、「どこに」「なぜ」・・・と自分に問いかけ、そこに潜んだ自分の興味を探るのです。

 さて、ここからは前回の連載に引き続き、実際の2人の生徒の探究を見ていきましょう。

 自分の興味はどこにあるのか? それを掘り下げるとはどのようなことなのか? これらの問いに、何らかのヒントが見つかるかもしれません。

 

2人の生徒が選んだのは・・・同じ「ディズニーの写真」

 ある男子生徒は、級友たちにも知られるディズニー好きでした。それまで美術の課題で描く絵にも必ずといっていいほどディズニーのキャラクターを登場さていました。

 しかし今回は、「それのどこにワクワクするのか」という部分を掘り下げていきます。

 彼は、自分が選んだ写真がテーマパークであるディズニーランドで撮ったものであることに注目しました。ディズニーランドは細部まで徹底的に世界観が作り込まれています。彼のようなディープなファンでも、隠れた意味や秘密を探ったりと、訪れる度に新しい発見を楽しめるそうです。

 この気づきを皮切りに、彼が生み出した作品がこちらです。

《生徒作品(再現)》

「この絵には、仲良しカップルがクリスマスリースの飾り付けをしているっていう設定があるんです。1つ1つのリースの飾りには2人のストーリーがあるんですよ」

 彼はこの作品の裏にある物語について楽しそうに話してくれました。糸のこで切り取ったという円形のキャンバスは、「どの角度からでもストーリーを紡ぐことができるように」という想いが込められているといいます。「ディズニー」という表面に現れた事柄から、彼が見つめた自分の興味は、「何層にも意味が作り込まれた世界」であったようです。

 もう一人、同じくディズニーの写真を選んだ生徒がいました。中国から日本にやってきたばかりの女子生徒です。

 選んだ写真から「どこに」「なぜ」・・・と考えていった結果、彼女はディズニーの色合いにワクワクしていたのではないかと思い至ったようです。そこで、彼女はキャンバスに向かうと、自分の感性が赴くままに淡い色調の色をのせていきました。

《生徒作品(再現)》

「美しい抽象画が出来上がったようだ」と傍らで見ていた私は思っていたのですが、ある週、彼女は思い立ったかのように色の上に何かを描き足していきました。

 数週間後、ガラッと変化した作品がこちらです。

《生徒作品(再現)》

「透き通ったブルーの色合いを見ていたら、それが海に見えてきたんです」女子生徒は言いました。そこから、「こんな海辺の街があったらワクワクするな」とイメージする架空の風景を描いていったといいます。

「色」そしてそこから生まれる「幻想的な世界」。これが、今回彼女が見つめた自分の興味でした。

 

一見「普通っぽい」事柄に隠れた「自分らしさ」

  生徒たちが興味を掘り下げていく過程はいかがだったでしょうか。

 この2人の生徒がはじめに選んだ写真は「ディズニー」という、多くの高校生が選びがちな、ある意味「普通っぽい」ものでした。

 しかし、それらの表層を見るのではなく、選んだ理由を掘り下げていったことで、まったく異なる興味が顕になりました

「これといった興味はない」「自分には個性がなく普通っぽい」と感じているような人でも、1枚の写真や、日常の中で気にかかったちょっとしたきっかけから、「それはなぜ」「それのどこに」・・・と掘り下げていくことで、興味の片鱗が見えてくるはずです。

 この記事を読んでいるあなたもまずは鞄からスマホを取り出して、ワクワクする写真を選ぶところからはじめてみてはいかがでしょうか?