2011年4月1日午前7時前。ソウル中心部に近い桂洞にあるオフィスビル。広いエントランス入り口には、漢字で「現代」と書かれた巨大な石造りの看板が見える。

11年ぶりに「現代」に戻ってきた鄭夢九氏

現代自動車会長、差し戻し審で執行猶予も より厳しい社会奉仕命令

現代自動車グループの鄭夢九会長〔AFPBB News

 黒塗りの高級車「エクスリムジン」から満面笑顔の大柄な男が降りると、待ち構えていた記者たちに「今日は歴史的な一日だ」と語り、一人ひとりと握手した。

 感慨深そうにビルを見上げエレベーターホールに向かったこの男は、現代自動車グループのオーナー会長である鄭夢九(チョン・モング=73)氏だった。

 鄭夢九会長がこのビルに出勤したのは2000年12月以来、足かけ11年ぶりだ。当時、韓国最大の財閥だった現代グループの本社がここにあり、鄭夢九会長も毎日出勤していた。

 ところが、創業者で父親の鄭周永(チョン・ジュヨン)氏は北朝鮮事業にのめり込み、長男格の鄭夢九氏を飛び越してこの事業を担当していた5男の鄭夢憲(チョン・モンホン)氏を後継会長に指名した。

 猛反発した鄭夢九氏は現代自動車を率いてグループから独立、それ以降「現代本社」を訪問することはなかった。

創業者の死で苦境に陥った現代グループ

 歴史は流れる。鄭周永氏が死去すると現代グループは苦境に陥る。「5男後継」に不満の他の兄や弟も次々と有力企業を率いて独立。残った現代建設や現代電子産業(現ハイニックス半導体)は銀行管理下に入り、現代グループは一気に縮小した。

 さらに2003年になると、北朝鮮への不正送金疑惑が浮上して鄭夢憲氏は連日検察の取り調べを受け、この年の8月に「現代本社」のビルの執務室から投身自殺した。

 この間、鄭夢九氏は現代自動車グループの経営に専念した。父親への不満や兄弟間の争いについては沈黙を守り続けた。

 2000年に独立した時、現代自動車グループは世界の自動車業界で販売台数11位。「グローバル業界再編に巻き込まれるのは必至」とも言われた。