磁場の影響をほぼゼロにした電子顕微鏡で、何が見えるのか。(写真はイメージ)

(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター)

 2019年5月22日、東京大学と日本電子の研究者が、画期的な電子顕微鏡を開発したと発表しました*1。プレスリリース*2によると、試料に磁場をかけないこの電子顕微鏡は「88年の常識を覆す」といいます。

 電子顕微鏡という、光を用いない顕微鏡が発明されたのは1931年のことです。それ以来88年間、電子顕微鏡技術は革新を繰り返し、「常識を覆し」続けてきました。現在では、透過型電子顕微鏡をはじめとする各種顕微鏡技術は、原子より小さな構造を映し出し、生体分子の生きた活動を捉え、立体構造を浮かび上がらせることができます。

 しかし「88年の常識を覆す」といわれましても、「電子顕微鏡は磁場を用いる」という常識を持ち合わせている方が電子顕微鏡業界の外にはたしてどれほどいらっしゃるでしょうか。記事を打っていて、漠(ばく)たる不安に襲われます。やはりそのあたりの常識はあらかじめ共有しておかないと、うまく覆ってくれない気がします。

 この電子顕微鏡とはどんな技術で、今回の発明はどれほど画期的なのか、今回は常識から解説しましょう。

*1https://www.nature.com/articles/s41467-019-10281-2
*2http://www.t.u-tokyo.ac.jp/soe/press/setnws_201905271401148880553756.html

私たちが生きているのも顕微鏡のおかげ

 顕微鏡の見せてくれるミクロな世界は美しくも感動的です。一滴の水の中には微細な生物が泳ぎ回り、土くれや砂埃は光り輝く宝石の粒となり、葉っぱを拡大して見れば細胞が整然と並んで息づいています。

 いうまでもなく、顕微鏡は覗いて楽しいばかりでなく、物体の性質を調べるために広く深く利用される基礎技術です。あらゆる科学分野は顕微鏡技術の恩恵を受けています。