剣持世話役は大真面目だ。

「それでわしら、人選びには急に熱心になりましての。犬養毅といえば久しく東京へ出たきりで、何でも東京では10本の指に数えられる人物じゃという評判じゃが、誰も顔を見たことがない」

 剣持は、散切りの坊主頭に短い髭を蓄えた犬養の顔をしげしげと見つめた。その真剣さに犬養は少し身構えた。

「お幾つになられますかいの」

「はい、今年で35です」

 剣持は、犬養の大きくて鋭い目を〈狼のようだな〉と思った。だがそのことにはふれず、率直な物言いで頼みごとをした。

「犬養さん、恥かしいことじゃがの、今しがたの演説、何を仰っておるんか、さっぱり分からんかった。わしら田舎のもんは難しいことはおえん。まず国会というものを平たく説明して貰えんじゃろうか。そこから始めてもらわんと、ちいとも分からん」

「なるほど、確かにそうだ。まずは国会か」

 剣持の言葉で思い出した。自分も、政党だ国会だと言われても全く想像がつかぬ時期があった。そういう気持ちをすっかり忘れていた。

「国会」を分かりやすく説明する

 それから多い時は200人、少ない時は40人という聴衆を前に、国会の「そもそも」を声が嗄(か)れるまで平たく説明した。1回の演説で半日がかりである。

「国会とは聞きなれん言葉ですが、喩(たと)えて言えば村の寄り合いです。皆で集まって国の何事かを相談する。ただ村と違うんは、天皇陛下が地域の代表をお集めになるということです。今度の選挙は、その地域の代表を選ぶ札入れです。これは、外国では昔から広くどこでも行われておりまして、例えばエゲレスという国では・・・」

 国会とは、村の男衆の集まりのようなもの。そう嚙(か)み砕いて説明を始めると、農民たちは身を乗り出して話を聞くようになった。憲法とは、話し合いを進めるための約束ごとであることも理解され、その内容についても質問の手が挙がるようになった。