「『話せば分かる』は、すっかり美談にされてしまったな。皆、分かりやすい話ばかりを求める。だがな、現実はそんな生易しい話じゃない」

 隣に座る松本フミが、息を吞(の)むようにして古島を見つめる。

「あの言葉にはな、前段がある。木堂はファッショの濁流の中に踏ん張って、裏切りに次ぐ裏切りの果てに殺された。それも多勢に無勢でな」

 激してくる古島の口調に、皆が圧倒された。ふと、古島の表情が哀し気に緩んだ。

「そしてこの僕は、木堂を救えなかった」

 古島は苦痛を耐えるかのように固く目を閉じた。が、暫くして思い直したように顔を上げた。

「よし、今日は特別な日だ。・・・よかろう、老人の思い出話につきあってみるか」

 全員がいっせいに座り直して姿勢を整えた。ころあいの陽だまりとなった縁側には、桜の花びらが絶え間なく、音もなく、ハラハラと舞い落ちてくる。玄関の外が少しざわつく。遅れて吉田茂の車が到着したようだ。

 古島一雄の長い話は、すでに始まっている。(続きは本書をお読みください。後編につづく)