内閣の要職も、総理大臣の椅子も蹴る

 時は、東久邇宮(ひがしくにのみや)内閣の総辞職を受け、幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)が総理大臣に就任したところ。幣原は古島を外務省公邸に呼び出し、内閣の要たる内務大臣を要請した。ところが「老人の出る幕なし!」と、古島はそれを一蹴した。

 年が明け、今度は自由党総裁の鳩山一郎(はとやまいちろう)が、大きな黒塗りを古島家の正面につけた。占領軍の戦犯狩りが始まり、鳩山も公職追放されることになった。鳩山は古屋の擦り切れた畳の上に正座し、これでもかと頭を下げた。

「古島さん、わが自由党を暫(しばら)く預かって下さらんか」

 幣原内閣は間もなく退陣する。国会の第一党は自由党。幣原は鳩山に後継をほのめかしている。つまり自由党総裁の座に就くということは、この国の総理大臣になることを意味した。これ以上の栄誉があろうか。鳩山はその足で古島を党本部に引っ張って行くつもりだった。

「幣原の時も断ったんだ、今さら老人の出る幕ではないと言ったろう」

 あまりにあっさりした返答に、鳩山は腰を浮かせた。
「いや、せめて半年でいいから、そのうち何とかするから」

「断る」

 そう言った矢先、古島は単衣の袖をまくりあげ、身を乗り出した。
「吉田茂(よしだしげる)がいいじゃないか」

 鳩山は目を白黒させた。
「いや、吉田はあまりに素人だから・・・」

「この新時代に、言ってみりゃ皆、素人だ。吉田は汚れておらん。やらせい、やらせい」

 そんなぞんざいな口のきき方も、この老人ならば許されるのである。