トランプ氏が「加盟国が国防費を増やさないなら米国はNATOから離脱しても構わない」と周辺に語ったとか、「(加盟国である)モンテネグロをなぜ米兵が防衛しなければならないのだ」と発言したといった報道が相次いだこともあり、欧州側はすっかり「トランプ不信」に陥った。

 70年を祝う「首脳会議」を設定した場合、トランプ氏がいきなり「脱退する」と言い出したらどうするか・・・。そんな懸念を加盟国が共有し、「首脳会議」を積極的に回避、外相会議に格下げすることで、トランプ氏を会議から排除した色彩が濃厚なのである。欧州から見たトランプ氏は、それほどの『問題児』になっている。昨年の主要7か国(G7)首脳会議で共同声明への署名を土壇場で拒否したように、トランプ氏が「いまNATOを脱退する」などと言おうものなら、欧州の安全保障はいとも簡単に土台から崩れてしまう。米国の軍事力は欧州の安定にとって不可欠であっても、いまやトランプ氏という指導者は「安保上のリスク」になりつつあるのだ。

ロシアは敵か否か?

 もう一つ、NATOの危機の背景に、米欧の中核をなす米国とドイツの戦略環境についての認識が定まっていない現実があることは指摘できるだろう。

 米国はトランプ政権下で公表した「国家安全保障戦略」などの文書で、ロシアを中国と並ぶ国際秩序の「修正主義勢力」と呼び、事実上の敵対勢力と位置づけている。軍事・心理戦を用いてウクライナ領だったクリミア半島を強引に併合し、旧ソ連のバルト3国やポーランドといった近隣諸国には情報戦やサイバー攻撃を仕掛け、周辺を不安定化させることで自らの戦略的な緩衝地帯を確保する行動を取り続けている。北欧諸国や英国の近辺にも海空戦力による挑発行動を仕掛け、軍事的緊張が時に高まる。米国のミサイル防衛網を突破しうる新型ミサイルの開発や新型核戦力の配備を進め、中距離核戦力(INF)削減条約を破綻させたのは周知のとおりである。

 だが、その一方でトランプ氏自身は、ロシアや旧ソ連諸国でビジネス上の権益を抱えて米大統領に就任したこともあり、「私はプーチン(大統領)を信用している」と繰り返してきた。欧州から見れば「もう米国はあてにならないのではないか」と映るのも当然だ。

 ドイツも外交の軸足が定まらない。EUの事実上の盟主ではあるが、軍事政策は敗戦国の立場を反映して一貫して抑制してきた。軍事費をトランプ氏の言うがままに増やすことは、ナチスドイツの記憶をとどめる欧州において新たな対独警戒心を呼び起こしかねない。それを知るドイツ国民も軍事強国路線は受け付けない。ドイツの政権は慎重にならざるを得ないのだ。

トランプ氏、NATO各国に国防費倍増を要求 同盟国に衝撃

ベルギーの首都ブリュッセルで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で、開会式前に記念写真撮影の準備をする加盟各国の首脳(2018年7月11日撮影)。(c)AFP PHOTO / LUDOVIC MARIN〔AFPBB News

 さらに旧東独生まれのメルケル首相にとって、旧ソ連のスパイとして東独に駐在した経歴を持ち、ロシア勢力圏の復活をもくろむと言われるプーチン氏を「信用する」ことなどありえない。