大手新聞は、「ゴーン包囲網狭まる」などとして、オマーン・ルートを創作した特捜検察のヨイショ記事を書いている。しかし、本稿の論証に明らかなように、今回のオマーン・ルートの逮捕容疑は、犯罪構成要件において、前回のサウジアラビア・ルートの起訴事実と何ら変わることはない。外国政府との捜査共助で目立った成果が得られず、スヘイル・バウワン氏の供述が得られていないことも、サウジアラビア・ルートのサリド・ジュファリ氏と同じである。こんなもので保釈中の被告人を再逮捕するというのは狂気の沙汰というしかない。

キャロル夫人の日本脱出劇

 ところで、特捜検察が4月4日にゴーン元会長を再逮捕した際、家宅捜査でキャロル夫人のパスポートが押収された。翌4月5日、河野太郎外相は訪問先のフランスでルドリアン外相と会談しているが、その際、ルドリアン外相は日産自動車のカルロス・ゴーン容疑者の再逮捕に言及した。外務省関係者は、「先方から問題提起があった」と説明したが、具体的な内容は明かさなかったとのことである。

ゴーン容疑者、自身を逮捕に追い込んだ人物らの実名暴露へ 妻が明かす

東京で、弘中惇一郎弁護士の事務所を去るカルロス・ゴーン被告(左)と妻のキャロルさん(2019年4月3日撮影)。(c)Kazuhiro NOGI / AFP〔AFPBB News

 この時ルドリアン外相はゴーン元会長の再逮捕についてなんらかの問題提起をしたであろうが、それは言っても詮無き日本の人質司法のことではなく、キャロル夫人のパスポートの不当押収のことではなかったか? フランス国家は、自国民が正当な理由なく外国司法に渡航の自由を拘束されることを許さない。

 ところが、キャロル夫人のパスポート不当押収問題は、実に意外な決着を見ることになった。なんと、ゴーン元会長の再逮捕劇のあった翌4月5日の夜、キャロル夫人は、アメリカのパスポートを使ってフランスに出国したのだ。検察が押収したのは、レバノンのパスポートだった。在日フランス大使は、キャロル夫人が飛行機に乗り込むまで同行して、キャロル夫人の身柄の安全を確保した。

 特捜検察も、ゴーン元会長をいくら逮捕しても自白調書など取れないことは分かっている。それにもかかわらず、今回敢えてゴーン元会長を再逮捕したのは、パスポートの押収によりキャロル夫人の日本脱出を止めて、キャロル夫人から共犯者供述を取りたかったからではないのか? 特捜検察はキャロル夫人に対する任意聴取を予定しており、これに応じてキャロル夫人がうかうかと検察庁に出頭すれば、キャロル夫人は特別背任の共犯者容疑で逮捕された可能性が高い。だから、特捜検察は、外交問題になることを承知で無理やりキャロル夫人のパスポートを不当押収したのであろう。これは、頑として口を割らない被疑者から自白調書を取る(特捜検察の)必殺技なのである。

 100日を超える勾留に耐えきって自白調書に署名しなかったゴーン元会長といえども、夫人が特捜検察の取り調べを受けるというのでは、とてもではないが耐えられるものではない。特捜検察の必殺技は人道に反する。こんなことまでしてゴーン元会長の自白調書を取ろうとするくらいだから、本件オマーン・ルートは、一見ゴーン元会長が追い詰められているように見えるかもしれないが、実は追い詰められているのは特捜検察なのである。4月4日夜のキャロル夫人の日本脱出劇は、ゴーン弁護団の特捜検察に対する痛打となるであろう。