無職となって、家に滞在する時間が増えた。だが、どこか居心地が悪い。

 それは果たして「働いていない」という事実からくる、精神的な後ろめたさによるものか。それとも実際に、肉体的空間的に「わが家の居心地が悪い」ことによるのか。

 精神と肉体が、互いに責任を転嫁し合う無職ライフ。今日はこの、「無職による無職のための住宅問題」をミッションとして自らに課す。なにせ考える時間は、売るほどあるのだ。

 そんな私の決意はつゆ知らず、嫁さんは先ほどせわしなく職場へと向かった。去り際に何か言葉を口にしたようだったが、あまりよく聞こえなかった。おそらく「住宅問題の解決を、応援しているわよ」とでも言ったに違いない。

 やれやれ。では、働く妻も期待していることだし、この問題に取り組むことにしますか。立ち上がった私は、1冊の本を手にして座り直した。ページをめくると、すぐに私は本の世界に没頭した。

横山秀夫 『ノースライト』

 そういえば少し前、建築家・磯崎新さんが「建築家のノーベル賞」といわれるプリツカー賞を受賞したというニュースを見た。住むという用途をもった建築物も、デザイン性を追求すると芸術になる。意匠をこらした造形物は、人の心に感動をもたらすのだ。読みすすめながら頭の片隅でそんなことを思う。

 この『ノースライト』は、昨今の建築界を取り巻く事情を軸に物語が進む。主人公・青瀬稔は1級建築士。ダム建設現場で働く両親のもとに生まれ、子ども時代は日本全国を転々とする「渡り」の生活をしていた。転居の回数は28回にものぼり、そのため青瀬は定住の象徴である「家」に対し、並々ならぬ思いがある。ふむふむ。28回も引越しをするとは、家にはきっとモノが少なかったに違いない。物があふれるわが家を見回し、ため息をつく。