打撃投手を終えた石井に声を掛ける栗山監督。
それに応え、帽子を取り破顔する石井。

 

近くにいなくても、誰より詳しい

 遠くから、栗山監督は選手たちを見ている。

 一方で、その頭の中は選手たちの思いに踏み込むほど詳しい。先の石井については自著『稚心を去る』で、引退試合を引き合いに出しこう綴っている。

「試合後のスピーチも本当に素晴らしかった。これまであれだけ苦しんできて、自分のこともなかなか表現できなかった彼が、あそこまで頑張って、ひとり、マイクの前でしゃべり切ったという、あれには本当に泣けた。20年後も30年後も、あの引退試合のことを誰かに話しているような気がする」

 語弊のある言い方になるが、監督自らバッティングピッチャーにグラウンドで「ナイスキャンプ、ありがとう」と伝えたり、ひとりの選手の引退試合で涙をするのを聞いたことがない。

 他にもたとえば、宮西尚生について尋ねたとき。

「うちの中でもプロフェッショナルと言うと、僕のなかでは宮西って名前が挙がります。ふつうのピッチャーの状態だと投げられないときでも、なんとか工夫して投げてくれる。できる限りのことをすべてやり尽くしてくれる。ピッチャーってどうしても自分のことが前面に出てきてしまうことがあるんですけど、ミヤ(宮西)の中ではチーム全体のことが見えていて、たとえば自分が嫌だなって思うようなことでも、僕がこういう感覚でやっているんだろうな、ということを、想像力を働かせてやってくれる。困ったときに、本当にミヤ悪い、って(こっちが思っているとき)、そこの理解を一番してくれます」

「去年もその前年も、(体の状態が)あんまりよくなくて、(でも)練習方法から何から何まで変えられる、あれだけの実績がある(選手の)勝負の仕方っていうのはすごい」

 投手としての能力だけでなくその調整や、マウンドでの感覚をよどみなく言葉にできる。

 選手ひとりひとりのことをよく知り、感情まで共有できる心の近さがあってこそだろう。