人材育成は家を建てるのと同じ構造で考えることができます。家を建てるときは土台の基礎工事から着手します。地盤調査をしてから地盤の強化をすることによって土台を築いていきます。建築会社の方に聞いたのですが、基礎工事で良い建物ができるかどうかが80%は決まるとのことでした。つまりしっかりした土台なくして上物の建物を建てることはできないということです。

 人材育成では次の構造になっています。仕事に対する意識や行動といった仕事をする上で当たり前の必要なことが土台の部分となります。仕事をする上で必要な知識やスキルは上物の建物の部分となります。多くの会社は人材育成をするにあたっては土台の部分である意識や行動よりも目に見える知識やスキルを重視し、そこを高めるための研修を多く実施します。なぜ研修をやってもなかなか良い成果が出ないかというと土台ができていないのに上物を建てようとしているからです。

社員の「人間力」育成が働き方改革につながる

 例えば仕事をする上での土台(意識や行動)は挨拶をする、時間を守る、人の話を聞く、自ら動くというようなことになります。これらは仕事をする上で当たり前で必要なことです。誰もが知っていることですが、実際にできている人は少ないと思います。

 マンションの施工時に基礎工事をしっかりとせずに手抜き工事をしたため、マンションが傾斜してしまったというニュースがありました。このように見かけは良かったとしても、基礎工事をしっかりとしていなければいずれボロが出てしまいます。

 勉強していていろいろな知識はあって、周囲からの評価も良く、普通に仕事はできている人がいたとしましょう。でもこの人が仕事で必要な土台がしっかりできていなかったら予期せぬトラブルやストレスといった外部からの負荷がかかった時に失敗して立ち直れなかったり、病気になってしまうことが多いです。またこのような人は勉強して知識はあるがゆえに、自分はできると勘違いして変なプライドを持っていることもあります。

 この場合は周囲と人間関係が上手く築けずに会社を辞めていくということもあります。だから知識やスキルも大事ですが、まずは土台となる意識や行動をしっかりと身につけることが大事なのです。

 ちなみに基礎の重要性は経済産業省も提唱しています。経済産業省は「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」を「社会人基礎力」として、「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」の3つの能力(12の能力要素)で構成してその重要性を説いています。

 経営者が求めるのは自ら考え、行動できる自律型人材です。自律型人材を育成するには『人材育成基礎工事』が必要なのです。

 前回の記事で、6年前に社員6人だった動物病院がいまは30人もの大きな病院に成長した例を紹介しましたが、この動物病院で取り組んだのは基礎の部分の徹底です。

 この基礎の部分は人間力形成にもつながります。スタッフは少しずつ自律していき、職場の雰囲気が良くなり、スタッフの定着率も良くなっていきました。副院長や各部門のリーダー層が育っていったことから院長不在でも病院が運営されるようになっています。

 当たり前のことを当たり前にできるようになる凡事徹底が大事で、土台となる「人間力」が醸成されてくると、仕事に対する姿勢も前向きになり「自分に足りないものは何か」ということが分かってくるので、自ら成長すべく学ぶようになるのです。

 この動物病院は理想の職場ですが、人材育成基礎工事に取り組んだ他の動物病院や異業種の会社でも同じような結果になっているので再現性があるということが実証されました。

 最初の頃は課題を解決するにもどうすればいいのか分からないといった感じでしたが、今ではミーティングで活発に意見が飛び交い、短時間で意見集約ができ、自分たちで課題解決法を見つけられるような組織へと成長しています。

 そういうスタッフがいる動物病院ですから、問題があればすぐに自分たちで改善する習慣がついているので、サービスの品質も上がり、お客様も増えています。だから新規の人材採用もできるし、労働時間の短縮や有給消化に取組めるようになるのです。働く人たちにとっても「理想の職場」です。それでいて業績も上がっています。こういう順番でなければ、中小企業の働き方改革は進みません。

 だから、社員の育成もせずに、就業規則だけいじったり、政府の方針に上辺だけ沿わせたりするような「働き方改革」は必ず失敗すると思っています。

 まずは自社の人材育成基礎工事を行い、土台を築くことだけを徹底するだけで良いでしょう。当たり前のことを当たり前にやる。凡事徹底をしていくと会社は十分に「いい会社」になっていくのです。

(次回 「『問題社員』を辞めさせない限り生産性は上がらない」に続く)