(英エコノミスト誌 2019年3月9日号)

プーチン大統領、早急な生活改善を約束 年次教書演説

ロシア首都モスクワで、年次教書演説を行うウラジーミル・プーチン大統領(2019年2月20日撮影)。(c)Alexey NIKOLSKY / SPUTNIK / AFP〔AFPBB News

困ったウラジーミル・プーチン氏はロシアのウエブの支配権を取り返そうとしている。

 1991年8月19日。テレビのスイッチをつけたソビエト連邦の国民は、緊急事態が起きていることを察知した。

 どのチャンネルもクラシック音楽をかけっぱなしにしたり、バレエ「白鳥の湖」を繰り返し放送したりしていたからだ。

 実際、この数時間前にクーデターが試みられ、ミハイル・ゴルバチョフ氏が身柄を拘束されていた。

 ソ連が崩壊していくなかで行われた最も激しい市街戦は、テレビ塔をめぐるものだった。

 「クレムリンを奪うなら、まずテレビを奪い取らねばならない」。ゴルバチョフ氏の側近の一人はそう語った。

 ウラジーミル・プーチン氏はここに目をつけた。そしてロシアの中心的なニュース供給源であるテレビを独占することで、2000年にこの国を支配し始めた。

 テレビ独占は安定という幻想を作り出したり、外国での戦争に臨む同氏への熱い支持をあおったりするのに貢献してきた。