この一件でもわかるように、テキヤの若者は、ヤクザを「ホンマもの」として、敬遠する傾向がある。実際、花見の席で先方の若中頭に挨拶をしていたテキヤの頭も、かなり気を遣って真剣だった。頭もヤクザを指していう「ホンマもの」と。

盃の媒酌はお家芸

 縁組の盃をはじめとする盃事については、テキヤ自身のものと、テキヤが助っ人に呼ばれる場合の解説をする必要がある。前者はテキヤの代目披露や兄弟盃等の儀式である。後者は、テキヤがヤクザに依頼されて媒酌人を務める盃事である。テキヤ自体も、盃事は稼業上欠かすことができないが、ヤクザは尚更である。盛大にやるのが代目披露であり、当代の親分から次の親分候補に代を授受する跡目公式発表の式である。テキヤの場合は、正面にしつらえた祭壇の中央に神農黄帝、その左右に天照皇大神、今上天皇の軸が掲げられる。しかし、ヤクザの場合は、右側から八幡大菩薩、天照皇大神、春日大明神が掲げられる。

 こうした神事は、古式に則って行われるが、格式張っているから作法通りにできる人間が、そこらには居ない。そこで、テキヤの出番である。テキヤは寺社仏閣に馴染みがあり、そうした修行が行き届いているから、ヤクザの盃事があると、媒酌人として白羽の矢が立てられる。もちろん、寺社仏閣を庭場とし、テキヤ社会の社交性の上に立って、諸披露の式を行ってきたテキヤからしたらお家芸であるし、先に紹介したエピソードのように、大なり小なり関係する相手ということもあり、作法に長けた幹部が、若い助手を連れて媒酌人の任を果たす。東京では、浅草の雷門を本拠地とする丁字屋会が有名で、吉田五郎会長は「平成の名媒酌人」と呼ばれ、六代目山口組、五代目稲川会、六代目松葉会、四代目道仁会など大組織の媒酌を行っている。

 いずれにせよ、テキヤとヤクザの関係とは、筆者が知る限り、この記事に紹介した程度である。威勢のいい祭の担い手は古今東西テキヤであった。テキヤは商売をしてナンボの稼業人であるし、雰囲気作りの達人である。シャブの売買や闇金などで違法にシノいでいるわけではない。したがって、筆者はテキヤを暴力団のうちに数えることには納得ができない。日本人の心の深奥に残る縁日を風化させないためにも、当局には「見て見ぬ振り」の姿勢を踏襲して頂きたいものである。