今後の展開

 今回紹介したのは、Retail Techのほんの一部だ。先に触れた通り、小売業界にはまだまだイノベーションの芽が埋まっている。例えば前出のPwCのレポートによれば、eコマース大手にない実店舗の強みである人間の販売員について、「取扱商品に関する販売員の深い知識に満足している」と答えた回答者は半数に過ぎなかったという。単純な業務の効率化だけでなく、豊富な商品知識や高い対応力を持つ、魅力的な販売員を育成する余地があるということだ。

 オンラインショップと実店舗等、複数の販売チャネルを統合して活用する「オムニチャネル」という言葉も浸透してきているが、中国ではオムニチャネル概念の「ニューリテール」カフェが登場し、あのスターバックスをも脅かすほどの急成長を遂げているという。「ラッキンコーヒー」と名付けられた同チェーンでは、専用アプリから事前注文しておくことで、行列に並ぶことなく商品を受け取ることができる。特にテイクアウト客に好まれるこの仕組みを導入することで、回転率向上も期待できる。

 時間を無駄にせず商品を受け取れる上に低コスト、かつ肝心のコーヒーの味も良いとあって、消費者に受け入れられている。同チェーンは2018年1月に北京に1号店を出店して以来、わずか1年の間に中国22都市に2000店舗以上を展開。注文を受けてから商品を作り、提供するまでのプロセスをテクノロジーを駆使して仕組み化することで、スターバックスとは異なる体験を提供しているのだ。スターバックスはアリババグループと、ラッキンコーヒーはテンセントとの業務提供を発表しており、今後の競争激化が見込まれる。

 PwCの調査結果では、スマートスピーカー等のAIデバイスで買い物をすることに最も前向きとされるアジアの消費者の中でも、中国では5人に1人を超える回答者(21%)がAIデバイスを既に所有しており、過半数(52%)が購入予定だという。対照的に米国や英国、フランスといった先進国の所有率は15%程度に留まっており、購入予定者も約4分の1。日本は所有率上位10ヵ国に入っていない。

 こうした違いが生じる理由の一つとして、オンラインのプライバシーやセキュリティに関する意識の違いが挙げられるという。様々な消費者データの収集・活用によって顧客体験を向上させようとすることは小売業者にとって必要不可決だが、同調査によると「店舗の近くにいる時を見はからい、小売業者がカスタマイズしたメッセージを自分のモバイル機器に配信してくれることはありがたい」と答えた回答者は全体の34%に留まった。24%は「どちらでもない」、37%が「快く思わない」と答えているのだ。一方、中国とインドネシアの消費者は例外で、59%がこれをありがたいと考えており、快く思わない消費者は中国で14%、インドネシアで9%のみ。位置情報を把握されることについての抵抗感の違いや、消費者の小売業者に対する信頼感の違いを示している。

 中国ほどの勢いは無いにせよ、日本でも国を挙げて様々な領域における効率化・省人化が行われている。そして技術の発達によって、今後も私たちの消費体験は目まぐるしく変化していくだろう。しかし何もかもが最適化され、AIによって個々にカスタマイズされた「お薦め」の製品やサービスを機械的に購入していくだけの消費は、何だかもの寂しい気もする。

 Appleの新製品発売日の行列等を見ていると、効率化からは得られない消費体験もあるように思う。競争の激しい小売業界で生き残っていくには、様々な販売チャネルを駆使し、業務の効率化と豊かな消費体験の提供を両立させていく必要がありそうだ。