京都の先斗町の一角(写真はイメージです)

(筆坂 秀世:元参議院議員、政治評論家)

 1月30日付の産経WESTに面白い記事が掲載されていたことを知った。

「京都五花街の一つ、先斗町(ぽんとちょう、京都市中京区)で、昭和39年から営業を続けてきた食事処(どころ)『山とみ』が31日、のれんを下ろす」という書き出しの記事だ。この店には、京都南座(京都市東山区にある劇場)に出演する俳優らも飲みに来るといい、テレビドラマ「半沢直樹」のロケ地にもなったそうだ。

 この店のおかみはなかなかの有名人だとのことで、同記事には次のようにある。「『山とみに乾杯』『おかみ、今までありがとう』 店じまいを4日後に控えた27日夜、1階カウンターやテーブルの約30席を埋め尽くした常連客らが名残惜しそうに酒を酌み交わした」とある。中には仙台から駆けつけた客もいたようだ。「山とみ」やおかみに対して、惜別の思いが込められた暖かみのある記事だと受け取った。

 私はこの記事を知って、山とみにまつわる、ある出来事を思い出した。

 実はこの店には、共産党の参議院議員時代に何度も行ったことがある。鴨川沿いにあるので川に突き出した有名な納涼床(のうりょうゆか)もある。ここで何人かの京都の共産党員や同僚の共産党参院議員と飲み食いしたこともある。

 鴨川沿いの納涼床は、一見すると涼しそうに見えるが、それは見た目だけで、風がなければすこぶる蒸し暑い。角っこの場所だと間違いなくズボンもシャツも汗まみれになる。私たちはその角っこだった。二度と来たくはないと思ったものだ。

京都・鴨川の川床(納涼床)の様子(出所:Wikipedia

大歓迎から一転して敵対視

 さて、記事によれば、おかみは今年77歳になるそうだ。私が参議院議員時代には、行けば歓迎してくれたものだ。1人で行ったことはなく、おかみとごく親しい京都の共産党員といつも一緒だった。

 ところがある時期から歓迎するどころか、敵対視されることになってしまったのだ。

 もう10年くらい前のことだったと記憶している。私が読売テレビの「たかじんのそこまで言って委員会」(現在は「そこまで言って委員会」に改称)に出演した際、それを知った京都にいる友人2人から「久しぶりに一緒に飲みませんか」と誘われた。当時は、この番組によく出演していた。