中国では毎年50万人以上の高齢者が失踪していることが2016年に民政部中民社会研究所のリポートで指摘されているが、多くが家に戻ることがない。失踪の理由は認知症などによる徘徊などだが、これに家族が本気で探さないケース、わざとどこかに打ち捨てて、失踪とするケースもある。地方政府運営の養老院の前に、老親を置いていくケースなども報告されているし、養老院に入った後、家族が費用を払わず、養老院サイドが食事や医療などのケアを放棄して死亡させた場合、責任の所在がどこにあるかが争われる裁判もあった。若い家族が全員出稼ぎに出て、老人ばかりが取り残されている老人村の存在も目立ち始めている。

 中国の法律では親の子供の扶養義務と同様に、子供の親に対する扶養義務が生じるので、介護放棄などは刑事罰の対象となるのだが、実際のところ農村の出稼ぎ者がたとえ4~5人集まっても、老親を介護する余裕があるかどうかというのは難しい。ましてや一人っ子世代になると、この介護の重荷は1人の子供に2人分かかってくる。

 しかも、農村部ではほとんど社会保障制度の支援がない状況だ。2013年に老年人権益保障法が施行され、家族が高齢者の面倒をみることを義務とすると同時に、高齢者介護のために休暇をとることを合法的な権利と認めるようになった。だが、実はこれは高齢者問題を本質的に解決する方法ではない。政府は、子供が親の面倒を見ないのは中国の伝統に反するという価値観をもとに、高齢者扶養の問題のほとんどすべてを家族に負わせる一方で、長年かけて中国の最大のセーフティネットである大家族制を破壊した。そうであるならば、ここに生じる矛盾のつけを払うのは本来、政府、共産党政権であろう。だが、地方政府の隠れ債務はすでに40兆元を超えるとも言われ、沈没寸前。今後予想される労働人口減による経済低迷、社会不安の中で、高齢者への社会保障整備が充実されていくという期待も少ない。

 そこで私がひそかに懸念するのが、新たな人権問題の発生である。一部都市では2人以上の子供を産んだ夫婦に対して奨励金を出す人口増加政策をすでに実施しているが、これがやがて、子供を産まない女性や1人しか産まない女性に対する罰金に代わっていくのではないだろうか、とか。あるいは老人の迫害が容認されるような時代になっていくのではないだろうか、とか。すでに民族弾圧、宗教弾圧、言論弾圧など党主導の組織的な深刻な人権問題が起きているのだが、そこに老人や女性の尊厳をさらに無視するような政策的管理を加えることに、いざとなれば何の躊躇もないかもしれない。そんなふうに考えると、日本の少子高齢化問題の方がまだ明るい解決法が探れる気がする。