「イノベーション」って結局何だろう?

 普段何気なく見聞きしている「イノベーション(innovation)」という言葉。「新機軸」「革新」「刷新」といった言葉自体の意味は多くの読者の知るところだろう。しかし、その本質的な定義や意味を正確に説明することができるだろうか?

 特に日本では「技術革新」という訳語が用いられることが多いが、初めにイノベーションの概念や重要性を説いたとされる経済学者のシュンペーター(Joseph Alois Schumpeter。以下、シュンペーター)によれば、本来のイノベーションはもっと広い概念を指す。

 今回はシュンペーターの提唱した定義や5つの分類を学びながら、イノベーションの意味や意義について今一度振り返ってみよう。

イノベーションの父、シュンペーターが提唱した経済発展

 シュンペーターは1912年、29歳の時に著した代表作『経済発展の理論(Theorie der Wirtschaftlichen Entwicklung)』の中で「新結合」という言葉を使い、イノベーションの概念を提唱した。

 それによれば、イノベーションとは企業者が生産を拡大するため、生産方法や組織といった生産要素の組合せを組み替えたり、新たな生産要素を導入したりする行為を指す。そして経済発展においては、人口増加や気候変動といった外的要因よりも新結合の遂行、つまりイノベーションのような内的要因が主要因となる。

 よって「イノベーション」と「企業者」、そして企業者に信用を与える「銀行」が経済発展の重要な3要素である、というのが、シュンペーターの経済発展理論の核となる部分だ。企業者が銀行から資金や信頼を得て生産手段を獲得し、実際に新結合=イノベーションを遂行する。これが経済発展へとつながる、というのは理屈として分かりやすいだろう。

 さらにシュンペーターは、イノベーションを5つのタイプに分類している。企業にとって、何をすることが「新結合を遂行」することになるのか、詳しく見ていこう。

イノベーションの5分類

 シュンペーターは、イノベーションを以下の5種類に分類した。

①新しい生産物の創出(プロダクト・イノベーション)
②新しい生産方法の導入(プロセス・イノベーション)
③新しい市場の開拓(マーケット・イノベーション)
④新しい資源の獲得(サプライチェーン・イノベーション)
⑤新しい組織の実現(組織イノベーション)

 イノベーションとは上記のいずれか一つ、もしくは複数のパターンを組み合わせることによって一足飛びに「創造的破壊」を起こし、更なる経済発展に寄与することを指す。創造的破壊とは、産業革命によって人々の足が馬車から汽車へと変わっていったような非連続的な発展のことで、イノベーションの特徴とされる。一つずつ、事例と照らし合わせながら見ていこう。

①新しい生産物の創出
言わずもがな、新機軸の商品やサービスを開発すること。事例は枚挙にいとまが無いが、それまでの携帯電話市場を一変させたiPhoneの登場がイメージしやすいだろう。従来型の携帯電話とスマートフォンの違いや、その移り変わりを思い返せば、「創造的破壊」のイメージも容易にできるはずだ。

②新しい生産方法の導入
それまで業界で用いられていなかった、新たな生産方法を導入すること。他業界の方式を取り入れる場合も含む。
例えば、アパレル業界におけるSPA(Specialty store retailer of Private label Apparel)モデル。企画から製造、小売までを一貫して行うことで、消費者の嗜好の移り変わりを製品に反映させやすく、在庫コントロールも容易となるビジネスモデルだ。大量生産によって大幅な値下げも可能で、GAPやユニクロなどが取り入れている。また、他業界でもニトリやJINSがこの方式を採用し、成功を収めている。

③新しい市場の開拓
既存市場・新規市場問わず、これまで参入していなかった新たな市場を開拓すること。一例として、スマートフォンのゲームアプリ。ゲームアプリ市場それ自体はいわゆる「ガラケー」時代から存在したが、参入ハードルも高かった。アプリの数や質、層の厚さも今とは比べ物にならないだろう。それが今や老若男女問わず、空いた時間をスマホゲームに費やす人々は多い。携帯型ゲーム機の市場シェアを少なからず奪っただけでなく、それまでゲームをする習慣のなかったユーザーをも取り込んでいる。

④新しい資源の獲得
製品をつくるために必要な原材料や、原材料の供給ルートを新たに確保すること。こちらもこれまで使用していなかったのであれば、どちらも新規・既存問わない。例えば3Mのポスト・イットは、強力な接着剤の開発中に偶然生まれた、接着力の弱い接着剤が元となって開発された製品だ。新しい原材料がイノベーションを生み出した好例といって良いだろう。

⑤新しい組織の実現
組織そのものの改革を行うことで、業界にイノベーションを起こすこと。他企業や組織との協業によって新たな価値を生み出すことも、こちらに含めることができる。
既存組織の構造改革だけでなく、社内ベンチャーの立ち上げなども組織イノベーションに挙げられるだろう。前出のスマートフォン向けゲームを再び例にとると、市場で強い存在感を放つCygamesは、社内ベンチャーへの投資に力を入れていることで知られるサイバーエージェント発の社内ベンチャーだ。

 こうしてイノベーション本来の意味をひも解いてみると、国内でよく使われている「技術革新」という訳に少々違和感を覚えるのではないだろうか。