そもそも特捜部の主な役割は、国会議員や都道府県知事クラスの大物政治家の疑惑を解明すること、大企業の経営トップが絡む経済事案を摘発すること、そしてキャリア官僚の疑惑を追及すること。つまり政治家、財界人、高級官僚が絡む「巨悪」の摘発が特捜部の捜査の目的だ。

 その意味では、日産の経営トップであるゴーン会長が関わる犯罪であれば、特捜部が手掛ける事案にふさわしい案件と言える。しかし、相手は日産の筆頭株主・仏ルノーというグローバル企業の会長も兼任する人物。捜査の動向は世界的にも注目を集めるし、その進め方によっては外交問題にもなりかねない。

通用しなくなった記者クラブを通じたメディア操縦術

 ところが特捜部のやり方は、従来の手法と何ら変わっていなかった。「従来の手法」とはこういうことだ。

 まず有無を言わさず逮捕し、彼らが筋読みして組み立てた事件のストーリーに沿って取り調べを進めていく。同時に、世論を味方につけていくことも忘れない。「こんなにとんでもないヤツは捕まって当然だ」「ぜひ有罪に持ち込んでくれ」といった世論の後押しを受ける形で捜査を進めていくのだ。「巨悪に挑む正義の捜査機関」というイメージ作りが成功してきたからこそ、少々強引さがあっても、無理筋の事件の捜査であっても、許されてきた。その側面は否めない。

 このイメージ作りの主要なツールになったのが、「情報統制」だ。捜査に関する情報は特捜部が厳重に管理する。特捜部が関与しない形で情報をすっぱ抜くマスコミについては「出入り禁止」という強権的な手法を用い、逆らえないようにする。その一方で、友好的な社や記者に対しては情報を小出しにリークしてやり、それを通じて世論を一定方向に導いていったのだ。記者たちにしても、検察の幹部に食い込んでリーク情報にありつければ、他社を出し抜くことが出来るので、「利用されている」と分かっていながらも拒むことは難しい。

 今回の捜査で、特捜部は朝日新聞とタッグを組んだ。その証拠に、11月19日に特捜部が、羽田空港にプライベートジェットで帰ってきたゴーン氏の身柄を取った瞬間に現場に居合わせたマスコミは朝日新聞だけだったのだ。その後もこの件では朝日が特ダネを抜き続けた。多少なりとも検察の動き方を知っている記者だったら「今回の事件では、特捜部は朝日と手を組んで、世論をリードしていくつもりなんだ」と感じたはずだ。

 ところがこうした手法がまだ通用すると思っていたのは、特捜部の誤算だった。

 ますこの手法は日本国内では通用する手法であっても、グローバルスタンダードの中では、異質、あるいは許されない捜査手法なのだ。実際、ゴーン氏逮捕から勾留延長、再逮捕といった行為が、海外から厳しい批判を浴びていた。

 もう1つの誤算は、昭和の時代と違って、特捜部を取材するのは日本のメディアだけではなくなっているという点だった。記者クラブに加盟していない海外メディアもあれば、インターネットメディアも増えている。特捜部全盛時代には、全国紙やテレビ局などの記者クラブ加盟メディアを、情報とのバーターでコントロール下においておけたが、現在は記者クラブ外のメディアの存在感が急速に大きくなっている。そこを特捜部は正確に評価できていなかった。

 そうした中で、ゴーン氏の捜査に対して批判的な報道が増えていった。裁判所には、これが相当なプレッシャーになった。「従来の慣行だから」という理由だけでゴーン氏の勾留延長を認めれば、今度は裁判所、ひいては日本の司法制度全体が国際世論の批判を浴びかねない。裁判所の求めは法的に瑕疵のない形であることはもちろん、グローバルスタンダードに配慮した形で対応するような方向へスタンスを変えていった。それが特捜部の見込み違いだった。

 特捜部の捜査手法は、言ってみればよく批判される「人質司法」である。政治家、経営者、官僚などという種類の人物は、たとえ「巨悪」などと呼ばれたとしても、逮捕され拘置所という閉鎖空間に長期間勾留されるだけで、人生が終わったような感覚に襲われてしまうのが常だ。「順風満帆だった俺の人生、これでお終いだ」と失意の底に落とされ、結果的に特捜部の手に落ちていく。つまり、特捜部の意のままの供述をしたりすることになってしまうものなのだ。

 ところが、報道を見る限り、ゴーン氏は特捜部がぶつける容疑事実にことごとく反論しているという。精神的にタフなのだろう。そこも特捜部の見込み違いだった。しかも勾留延長を裁判所が認めてくれなかったことで、特捜部の目論見は決定的に狂ってしまった。