「意外でしょう。分析が難しいのは、植物が吸収する肥料成分が、無機イオンという形だからです。これは、科学が発達したいまの時代でも、分析にやたらと手間がかかります。なぜなら、無機イオンを区別するには、電気(電荷)がプラスかマイナスか、イオンのサイズが大きめか小さめか、それくらいしか違いがないからです。
 人間の脳の中で働いている物質は、分子のサイズが大きく、どれも個性的。レゴにたとえるなら、城とかロボットとか、それなりの大きさに組み上げたものだから、個性的で識別が容易。しかし無機イオンは、いわばたった1個のレゴを、目をつむって赤か黄色か当ててみろ、というようなものです。識別が非常に困難なのです」

 実際、無機イオンを毎日吸収している植物でさえ、無機イオンをよく勘違いして吸収する。カドミウムは鉄と間違って吸収されてしまう。同じプラスイオンで、サイズも似ているから。カリウムとマグネシウムも紛らわしい。アンモニウムとカリウムも間違いやすい。イオンチャネルといって、イオンの種類を識別して吸収する仕組みを備えてはいるけれど、いい加減なところがあって、間違って吸収することが多い。

 植物でさえ見分けられないものは、人間も見分けるのが難しい。電気(電荷)がプラスかマイナスか、イオンが大きいか小さいかしか区別する方法がないというのは、実に厄介。無機イオンは、科学が発達したいまも、リアルタイムで簡便に識別し、測定する方法はない。

 もちろん、試薬を加えて沈殿するかどうかで識別する方法や、色の変化、樹脂の中で障害物レースをさせる方法など、手間をかけるなら、無機イオンを正確に分析できる技術はある。ただし、ひどく面倒でコストがかかる。自動化がコスト的に難しい方法でしか、分析ができない。

 以上のように、人工知能に学ばせることができるデータは、相も変わらず、pHメーターとECメーター程度しかない。これではさすがに情報が少なすぎて、人工知能といえども、有益な予想をすることは難しいだろう。

 だが、これらの限界は、人工知能の限界というより、測定技術の限界だ。もし、簡便に無機イオンの種類を識別し、測定できるセンサーが開発されれば、人工知能が農業にもたらす便益は相当大きなものになるだろう。課題は、「センサーがない」ことに尽きる。

 とはいえ、肥料成分のような無機イオンを分析するセンサーの開発は、困難を極めるだろう。「農業現場という過酷な環境でも使用できる」という条件つきだからだ。学会に行くたびに、研究者やメーカーに可能性がないか、尋ね回っているが、どうもすぐには望み薄だ。無機イオンの種類を識別し、測定できるセンサーの開発は、めどさえ立たない状況だ。