Japan Innovation Network 専務理事 西口尚宏氏

西口:伊佐山さんがおっしゃるように、人としての深みが今まで以上に求められる時代になってきていると感じます。これから先、売り上げ規模の大きさが評価の指標ではなくなる時代が来るからです。つまり、売り上げは「会社」の問題で、「社会」の価値ではないのです。

 また、「イノベーションとは技術革新である」と確かに誤解されがちだと思います。技術とインサイト(洞察)が交差するところで生み出される社会的・経済的「価値」がイノベーションなのです。インサイトとは、思い付きのことではなく、物事の本質に対する深い理解を意味します。こうしたインサイトは技術面をいくら勉強しても持てるものではありません。社会にどういう価値を生み出していくか、という発想があることこそ大事なのです。

 私が「持続可能な開発目標(SDGs)※1」に注目しているのは、目指すべき「社会的価値」が具体的に挙げられており、企業活動の目的として大いに参考になるからです。

 例えば、交通事故の死傷者の数を半減させる、感染症による死亡者数を3分の1まで削減するといったことなどです。もちろん前提として、こうした目的を見て何を感じるか、という思いや感受性が必要になります。

日本企業には「社会的価値」重視のDNAがある

――「技術」だけではイノベーションが実現できないとなると、「技術力」で高い評価を得てきた日本企業に優位性は残されているのでしょうか。

伊佐山:むしろ、これからますます日本人の感性が生かせる局面が増えるように思います。それは、技術が人に代わってできることが多くなるからです。それは逆に、人同士が付き合う時間が増えていくことにつながります。そのため今後、人と人の触れ合いの中でどのように「快適」な時間を提供できるかが、ビジネスでより重要になるでしょう。その際に、いわゆる日本の「おもてなし」の精神と言われるものが生かせるのではないかと考えています。

 日本人は今こそ、世界市場のミッションを理解し、自分たちが果たせる役割を認識すべきです。特に日本のベンチャー企業は、国内だけでなく、海外へも目を向けて長期的な視野で世界の課題を解決してほしいのです。

西口:世界各国が競争するだけでなく、手を握り合ってイノベーションを興す、まさに「オープンイノベーションの時代」が到来しているのを感じます。そうした環境で、イノベーションによって、世界が共有する「社会的価値」を実現するという流れは、日本企業にとって追い風だと思います。

 長い歴史を持つ日本企業の設立目的や創業者の言葉を振り返れば、金もうけありきではなく「世の中のためになる」という点に、力点が置かれてきたことが分かります。最近までの日本では株主重視で短期的な利益を上げるという方向性に行き過ぎた感があります。しかし、長期的な視野で社会的価値を実現ながら収益を上げていくという価値観は、日本企業がもともと持っていたものです。そうしたDNAがある日本だからこそ、社会価値と収益を両立させるイノベーションが興せるはずだと思います。

※1:2015年に国連総会で採択された「2030年までに達成すべき目標」。加盟国193ヵ国の共通目標として17分野のゴール、その下にある169のターゲット、232の指標で構成されている。