鮫ヶ浦へと続くトンネル、大鮫隧道はいったいいつ頃作られたものなのか。東松島市の資料「トンネル長寿命化修繕計画」には、「建設年代の明らかな記録は無く、昭和10年~20年頃と推定されます。」とある。この推定通りとするなら太平洋戦争の時期と重なるが、このトンネルが戦争のために作られたものなのかどうかは、はっきりとわからない。いずれにせよ、70年以上の時を経てもなお、この素掘りのトンネルは私たちを過去の記憶へ誘う役目をしっかり果たしてくれている。

 鮫ヶ浦水曜日郵便局を訪ねてみたら、さらに別のものを発見してしまったが、この旅を通じて、普段の何気ない日常の愛しさを再認識し、未来へつなげていく大切さを知った。遠い昔のことだった過去の歴史が、時間軸を異にするレイヤーのように、入り江に立つ今の自分の上に折り重なってくるのを肌で感じた。

 あれほどあのトンネルの写真に惹かれたのは、いまここにいない人たちとの静かな出会いを、気づかぬうちに感じ取っていたのかもしれない。そんなことを思いつつ、私は日常に帰る帰途についた。

鮫ヶ浦からの帰り道。ここを抜ければタイムスリップしたように、現実社会に戻ってしまう