このあとの顛末は、『64万人の魂 兵庫県知事選記』(西日本出版)に、勝谷の目から見たドキュメンタリーとして細かく記述されている。

知事選に敗れた後に出版した『64万人の魂 兵庫県知事選記』のサイン会での勝谷氏

 結果として、約560万人を有し、北は日本海、南は瀬戸内海のふたつの海に挟まれた広大な兵庫県での戦いに勝つことはできなかった。

 これまでの流れを見ていると、勝谷は「政治家になりたかった」というよりは、「政治家という自分に生まれ変わりたかった」のではないかと思う。もちろん、そのベースにあるのは郷土愛だ。安倍首相から「代わりに参院選でも衆院選でも、好きなところから出られるようにします」と言われても、国政は断り故郷の政治家にこだわった。

 2000年に田中康夫さんによって火がついた「政治家」への夢は、2017年7月2日についえた。それからしばらくは「今度の***選挙に出てみようか」と本気とも冗談ともつかないことを言っていたが、私が「だったら、まずは知事選の総括をしろよ。俺は二度とやらん」と突き放すように言っていたからか、徐々に話すこともなくなった。「選挙中に断酒できたら考えてもいいよ」と言うと、「じゃあ、やらない」と不貞腐れたこともあった。

勝谷は愛される政治家になれたのだろうか

 兵庫県知事選挙で、我々の陣営では4回ほど情勢調査を行ったが、ダブルスコアをつけられていた状態から伸びてきて一度は並んだ。若干タイミングが早すぎたため危機感を持った私は、周囲に「まだ(並ぶのは)早すぎる」と言っていたが、自公民社推薦を受けた現職陣営は焦り始め、凄まじい組織固めを行い、5期目をものにした。

 その後の勝谷の様子を見た人から、「やっぱり知事にならなくて良かったんじゃないか」という意見がいくつも届く。確かに、その後の凋落を見るとそう思うのも無理はない。

 しかし、私は「案外良い政治家になったのではないか」と思うのだ。教養と経験は比類なきものを持ち、周囲におもねること無く論戦で負けることもない。弱者の立場にも立てて、右から左まで思想信条を超えて議論ができる。一番心配な酒も、マスメデイアに引っ張りだこだった時代のように、昼は業務に邁進し、夜になって呑む生活に戻れたかもしれない。県民にも愛されたのではないか。

 これは、そばで勝谷を見てきた私の希望も多分に入っているのだろう。実際は、キレまくり、調和を乱し、議会全部を敵に回して不信任を出されていたかもしれないが、本当のところはわからない。

 私は、勝谷がメディアに出まくっていたころに言われたことが頭にこびりついている。

「俺はさあ、日記(有料配信メール)や、『血気酒会』(ネットライブ番組)では放送禁止用語もめちゃくちゃ言うじゃない。でもね。テレビやラジオでは、ちゃんと使えることばを分けているんだよ。場をわきまえているんだよ」。

 愛される知事になっていたのか、嫌われて失脚することになっていたのか、今となってはもうわからない。ひとつ言えることは、話題に事欠かず、歴史に名前が残る知事になれただろうということだ。

 それでも、今ごろ天国で「あなたが政治家にならなくて良かったよ」と母に言われて笑っていることだろう。