大腸をはじめとする腸管には、多種多様の細菌が生きており、その“役割”も徐々に明らかになってきた。アイコンは農耕の神セレス。

 私たちは「食」の行為を当然のようにしている。では、私たちの身体にとって「食」とは何を意味するのだろうか。本連載では、各回で「オリンポス12神」を登場させながら、食と身体の関わり合いを深く考え、探っていく。
(1)主神ジュピター篇「なぜ食べるのか? 生命の根源に迫る深淵なる疑問」
(2)知恵の神ミネルヴァ・伝令の神マーキュリー篇「食欲とは何か? 脳との情報伝達が織りなす情動」
(3)美と愛の神ヴィーナス篇「匂いと味の経験に上書きされていく『おいしい』記憶」
(4)炉の神ヴェスタ篇「想像以上の働き者、胃の正しいメンテナンス方法」
(5)婚姻の神ジュノー篇「消化のプレイングマネジャー、膵臓・肝臓・十二指腸」
(6)狩猟の神ディアナ篇「タンパク質も脂肪も一網打尽、小腸の巧みな栄養吸収」
(7)戦闘の神マーズ篇「腹の中の“風林火山”、絶えず流れ込む異物への免疫」

「私たちの体は庭のようなもので、私たちの意志の力は庭師のようなものだ」

 これは人間の情動の作用について、シェイクスピアが『オセロ』の中で使ったセリフである。筆者はこのセリフを思い出すとき、猫の額ほどの自宅の庭のことが頭に浮かんでしまう。庭を美しく維持するのはどれだけ狭かろうが、日々のたゆまぬ手入れが必要で、気を緩めれば園芸品種以外の何種類もの植物(雑草)が繁茂し始めてすぐにジャングルと化す。人間も庭も、易きに流れ自然へ還ってゆくのだ。

私たちの体には「庭」がある

『オセロ』のこのセリフ、現代医学においては単なる比喩ではない。というのも、私たちの表皮、口腔、腸管などは実際に微生物にとっての「庭」だからである。特に腸管は常に約37℃に保たれ、水分も栄養分も途絶えることがなく、まさに細菌を増やすのに適した庭ないし農場といえる。それゆえに、腸管には1000種類以上の細菌が、100兆から1000兆匹もいるらしいことが分かっている。これはヒトの体の細胞の数よりも何十倍も多い。

 私たちは意図しないところで、いつのまにか大量の細菌を腸管で培養(栽培)しているのである。

 栽培とくれば、やはり農耕の神「セレス」が登場することになろう。セレスは普段は温厚な神であるが、怒らせると人々に飢餓をもたらす。セレスの娘プロセルピナが冥界の神プルートに誘拐された際には、天界から地上へ隠遁し、大地はすっかり荒廃してしまった。セレスは栽培や食料生産にもっとも関係の深い神である。

 さて「いつのまにか増殖している」という言い回しから、腸内の細菌は庭における雑草のような「無用な存在」の印象を与えたかもしれない。しかし、まったくそんなことはない。腸内の多種多様な細菌は、私たちの身体機能と切っても切り離せない関係にある。