もし、1年目を終えていれば、その後、「繰り上げ卒業」がいろいろ可能であったことを昨年から今年になって、当時学生で実際に同じ経済学部から学徒出陣した方から伺いました。

 どんなに父が無念のまま、絶望と焦燥の中、木の板に背中を固定されて、無為の20代を過ごしたか、改めて気の通くなる思いを持ちました。今年の梅雨頃に知った事柄です。

 ですから「あの頃は良かった」式に、安易な単位発給や、ろくろく学業もせずに卒業したうんぬんをとくとくと語る類は、言語道断と思わざるを得ません。

 後進に取り返しのつかない勘違いを与えぬよう、一切の残滓を払拭する必要があるように、静かに確信する次第です。

 後々経営者として成功しようが、売文業で営利しようが、大学1年の内容、いや、中学や高校で習う内容も含め、素っ飛ばしていい加減にした分については、いい加減なまま、あるいはさらに劣化しているはずです。

 含羞をもって黙って奮励努力するのが、知的誠実というものであるはずです。

 おかしなロールモデルのふりまき商法はいい加減どうにかしないと、日本の高等教育機関にも、さらには日本全体の未来にも、間違いなく暗い影が差すことになってしまうでしょう。 

 中年を過ぎても、中学1年の英単語の綴りが怪しければ、さっと辞書を引く。そういう習慣が、まともな知の水準をキープしているのが、本当の現実なのですから。