宮下 蔡國強さんの生き方も、志賀さんの生き方もものすごく個性的で魅力的なんだろうね。蔡さんは世界的な著名人だからその半生をある程度知っている人は多いんだろうけど、志賀さんとの物語っていうのは、きっと川内さんが書かなかったら世の中の人はずっと知らなかったことなんだろうね。

 そういう自分自身の感覚で選んだテーマを取材し、世の中に提示していくのが僕たちノンフィクションを書く人間の仕事だけど、最近は僕たち書き手にとって厳しい時代になってきた。本が売れないことも深刻だし、なにより最初に作品を発表できる場が減ってきたでしょう。

川内 そうですね。特に紙媒体の数が減ってきてしまっていることが大きいですよね。

日本以上に苦しむヨーロッパの紙媒体

宮下 新潮社の『新潮45』が休刊になったけど、実は僕、来春からあの雑誌で連載をする予定だったんです。流れてしまったのは残念です。

川内 私の場合、宮下さんみたいにジャーナリスティックなものではなく、エッセイ的なものも書くので、割といろんなジャンルの雑誌やネット媒体で書かせてもらえやすい面はありますが、やっぱり媒体数減少の影響はひしひし感じています。

宮下 ノンフィクションの大きな賞をもらうことはできたけど、それで仕事が増えたり、原稿料が跳ね上がったりするわけじゃないしね。

川内 それは確かにそう。それによって「この人はちゃんとした作家なんだ」と多少の信用が出来るから、取材を断られにくくなったりとか、出版の企画が通りやすくなったりということはあるかも知れないけれど、直接的なメリットはそれくらいですもんね。でも、個人的には賞をもらえたことは本当に励みになります。これからも自分のテーマを追い続けていいと言ってもらえたような気がします。

 海外ではノンフィクション作家やフリーランスのジャーナリストってどういう状況なんですか。宮下さんはフランスとかスペインの状況に詳しいと思いますけど。 

宮下 状況は日本よりひどいですよ。

川内 そうなんですか。

宮下 そもそも雑誌の種類も少ないし、フランスでは日刊の新聞も間もなく潰れるだろうと言われています。そういう意味なら日本は、まだ読売や朝日が世界1位と2位を占める部数を維持していますから、状況はましと言えるかもしれない。

 ただジャーナリスト個人で見れば、ヨーロッパの人は英語やスペイン語を使うでしょう。これらの言語は世界中で使われているので、国内だけじゃなく、世界に向けて発信が簡単にできる。

川内 相手にしているマーケットが大きいんだ。

宮下 そう。それに比べると日本語のマーケットの大きさはさほどではない。だから、その日本から本屋さんがどんどん消え続けたら、日本語で発表する物書きって完全に食えない仕事になる可能性があります。

川内 自分が知らない世界をテーマにしたものや、自分とは違った視点で取材し書かれたものを読むことって、人生の幅を広げたり、世界の状況を知ったりするうえで欠かせないことだと思います。そういう意味では、ノンフィクション全体が元気を失ってしまいかねない状況は日本社会にとっては損失だと思います。

宮下 川内さんも同じだと思うけど、僕は別にノンフィクションを書いて大儲けしようなんて思っているわけじゃない。お金も大事だけど、それよりも自分が納得できる仕事をしたい。意志に反する生き方が僕は実はすごく下手で、僕自身がノンフィクションすぎて生き難いこともある。でも、自分で選んだテーマを自由に取材し、発表し、読者の心に響くものがあれば、御の字だと思っています。

 最近はネット媒体からノンフィクションを盛り上げていこうという動きも出てきているので、僕も自分なりの新しいノンフィクションの在り方を模索していきたいと思います。

川内 はい。同感です。