ただし時間は目安であり、必ずしもこの通りに進行しているわけではないようだ。もちろん、時計も預けたままの参加者には確認のしようもないわけだが。

 では、かいつまんで修行内容について説明しておこう。

「床固め」は座禅のことである。とはいっても、禅寺の座禅の厳しさはない。胡座(あぐら)でも結跏趺坐(けっかふざ)でも問題ない。山伏の白装束のまま地面に座るのである。

「水垢離」(みずごり)は、冷水に浸かっての禊ぎ(みそぎ)の行である。男子はフンドシ一丁に白い地下足袋のみ、女子は水着に地下足袋。猛暑の夏であったが、水は冷たい。船漕ぎ運動で簡単な準備体操をしたあと、先達から水に入っていく。ここから先はもう気合あるのみである。冷たい水の中でひたすら気合いで耐え抜く。

 しかし不思議なもので、水に浸かっている肩までは寒さを感じなくなり、むしろ水の上に出ている肩の一部がえらく冷たく感じてくる。 滝行(たきぎょう)もそうだが、水垢離もまた気合いでなんとかなるのだ。精神一到何事か成らざらん。一見、非合理的で無意味に見えながら、実は深い意味を持っているのが日本型修行である。

「抖そう」(とそう)行とは、山掛け歩行のことだ。初日と3日目に羽黒山、2日目には月山(がっさん)に登る。なお、この「山伏体験塾」は神道系のためであろう、出羽三山のうち湯殿山には行かないのが残念ではある。明治維新政府が布告した「神仏分離令」(1868年)によって、出羽三山の山岳信仰もまた、神道系と仏教系に分離され、現在に至っているのだ。

コメ本来のうまさを実感

 説明を続けよう。「壇張り」(だんばり)とは食事のことだ。「一汁一菜」の食事である。いでは文化記念館のホールで、畳の上に板を並べ、その前で食事をいただくことになる。

 大きな茶碗のご飯一杯に味噌汁一杯、これに漬け物が二切れ付くのみだ。お茶はなく、お椀の白湯(さゆ)で箸で洗ってそれをクチにするのみ。 一汁一菜については、講話の際に先達から「断食」だと説明があったが、副食が付かないとはいえ「断食」とはほど遠い。朝昼晩と一日三食もあり、むしろ量的には過剰に感じられた。

 いただきものはすべて食べるのが作法であるから、全部残さず平らげることが求められる。これまた「修行」である。とはいっても、この修行は自分にとって意味があった。2日目以降は、味噌汁の具と漬け物の種類が変わるだけなのだが、この単純な組み合わせはむしろ、コメが本来持つうまさを引き出していると思われた。コメは庄内米である。うまいコメは、余計なおかずなしに味噌汁だけで食べたほうが、本当のうまさが分かるということは大きな発見であった。

羽黒山修験道の最大の試練が「南蛮いぶし」

 初日の最後で最大のイベントが、夜の10時頃に行われる「忍苦の行」(=南蛮いぶし)である。 羽黒山修験道の最大の試練である。

 狭い部屋に全員が押し込まれて行われるこの行は、まさに難行苦行そのものである。 唐辛子の粉末を火鉢でいぶして団扇(うちわ)であおぎ、部屋中に煙を充満させる。唐辛子の粉末が含まれているので、呼吸するのが困難になる。むせてくるので、ちょっと咳でもしようなら、唐辛子粉末がノドに吸い込まれてさらに咳をさそい、目も鼻も苦しくて涙と鼻水が出てくる。まさに苦行以外の何物でもない。ひたすら下を向いて、唐辛子粉末を飲まないように頑張るしかない。

 しかし、南蛮いぶしが終わって、部屋から脱出したときに吸った空気のうまさは格別だ。もしかしたら、これを体験させるために、この行(ぎょう)が存在するのであろうか。いつも吸っている空気を有り難いと思うのは、このような制約条件を課すことも必要なのだろう。けっして無意味な苦行ではないのだ。この南蛮いぶしは、2日目の夜にも行われる。