(英エコノミスト誌 2018年10月20日号)

「砂漠のダボス会議」にサルマン皇太子、参加者と談笑 自撮りも

サウジアラビアの首都リヤドで開幕した国際会議「未来投資イニシアチブ(FII)」で、セルフィー(自撮り)に応じるムハンマド・ビン・サルマン皇太子(中央)。右は富豪のアルワリド・ビンタラル王子(2018年10月23日サウジ王室提供)。(c)AFP PHOTO / SAUDI ROYAL PALACE / BANDAR AL-JALOUD〔AFPBB News

この国の王室は、企業活動を含む国内の暮らしのあらゆる側面に干渉してくる。

 現代の世界にとってサウジアラビアという国がどれほど新しい存在であるかは、つい忘れがちだ。

 この王国を1932年に築いたイブン・サウドは当初、自分の領土の財産すべてを1頭のラクダの鞍袋(くらぶくろ)に入れて持ち歩いていたと言われている。

 また米国人が石油を掘り当てた1938年当時、そのほぼ60年後に世界最強の影響力を誇る石油相になるアリ・ヌアイミ氏は子羊の群れの番をする少年で、砂漠を裸足で歩いていた。

 サウジアラビアとのビジネスを望む企業は往々にして、この浅いルーツに足を取られてきた。

 石油がもたらす巨額の富に引き寄せられ、完璧な英語を話す米国帰りの大臣たちに感銘を受けていると、実はまだ王室やローブをまとった廷臣たちがほぼすべてのことについて決定権を持つことに気づいて愕然とするのだ。

 しかしそんな企業も、中世の怪談を地でいく事件が起きるとは思っていなかった。

 現体制に批判的なサウジアラビア人ジャーナリストで、米ワシントン・ポスト紙にコラムを書いていたジャマル・カショギ氏が、10月2日にトルコの首都イスタンブールのサウジアラビア総領事館で殺害されたと推定される事件のことだ。