腹の中の“風林火山”、絶えず流れ込む異物への免疫

考究:食と身体(7)戦闘の神マーズ篇

2018.10.26(Fri) 大平 万里
筆者プロフィール&コラム概要

害の少ない抗原には「免疫寛容」の仕組みが働く

 さて、抗原を確実に排除するそうした腸管免疫にも問題がある。次々とやってくる消化産物や細菌すべてを攻撃対象にする必要があるのかということだ。無害な細菌もいるだろうし、消化産物にいちいち反応していてはキリがないだろう。ここはマーズの暴走をたしなめる神々が必要なのではないか。

 ということで、消化産物や定住している細菌といった害の少ない抗原に対しては、腸管免疫の応答を抑制するように調節される。この仕組みは「経口免疫寛容」と呼ばれる。経口免疫寛容が成立すると、腸管だけでなく、他の粘膜や皮膚においても過剰な免疫反応が起こりにくくなると考えられている。

 例えば、乳児の鶏卵食物アレルギー発症予防の手法として、抗原(アレルゲン)となる鶏卵をあえて早期に食べさせるやり方が確立しつつある*。一見すると、食物アレルギーの原因食物を食べさせるのは矛盾しているように見える。しかし「食物成分が皮膚に最初に接触することが食物アレルギーの原因」という皮膚感作仮説はほぼ確実になりつつあり、すべての食品でないにせよ、経口免疫寛容を先に獲得することの重要性は無視できない情勢になっている。

* 離乳食早期導入による食物アレルギー予防は、必ず医師の指導の下で行ってください。

無駄な抗争を避ける身体の知恵

 ともあれ、私たちがさまざまな成分を含んだ多様な食材を摂取しても、とりたてて大きなトラブルが起きないのは、この経口免疫寛容のおかげであろう。もしこの免疫寛容がうまく機能しなければ、闘い好きのマーズは暴走して、腸管免疫が過剰に働いてしまい、慢性的な腸炎になってしまうこともありうるのだ。つまり、腸管免疫における経口免疫寛容は、予め「面通し」しておいて無駄な抗争を避ける身体の知恵なのである。

 先の本庶佑博士が、この免疫抑制に関係する標識膜タンパク質「PD-1」および「PD-L1」に意味を見出し、がん細胞の免疫チェックポイント阻害剤「オプジーボ(ニボルマブ)」の開発につなげたのはご存知の通りであろう。免疫寛容のメカニズムを逆手に取ったのである。

 さて、攻めも守りも変幻自在の腸管免疫だが、その働きを維持するには、実は腸内に定常的に生育している細菌の存在が不可欠であることが分かってきた。次回は、この腸内細菌の働きについて見ていこう。

(第8回へ続く)

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1964年東京生まれ。生物・化学系ライター。熊本大学理学部生物学科卒業。北海道大学理学研究科博士課程修了。博士(理学)。旧工業技術院(現・産総研)、秋田県立農業短大附属属研究所などの流動研究員、高校教諭等を経て現在に至る。最近はその辺に転がる岩石の来歴が気になってしょうがない。


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