共産党政権になってからは「愛国虚言」で、大きな嘘ほど大きな愛国心の証として一層歓迎されるようになる。こうして、「兵士2万人」の戦死は、いつの間にか「市民30万人の虐殺」に拡大されたのだ。

 ちなみに、支那事変で日本軍が与えたとする320万人の死傷(「市民を盾にしないように」という日本の提案を蹴って蒋介石は上海戦で市民を巻き込んだ。その後、黄河決壊作戦を展開して市民100万人を水死させ、日本軍は追撃をやめ10万人を救助する。このように、320万の多くが中国側自身によるものである)も、江沢民政権になると3500万人に拡大した。

 伊東氏が「一般読者がなるほど、と思うような、本質と無関係なファンタジー」と批判したように、南京の「40万人」も「データマンやスタッフにおんぶにだっこ」で、読者の歓心を買おうとしたのであれば、日本の名誉、特に軍人の名誉にかけて許されることではないであろう。

おわりに

 あまり政治的主張を公にしてこなかった村上氏が、近年は政治的主張を発信するようで、一部では「大江健三郎化」と言われているようだ。それを「ノーベル文学賞」狙いと評する人もいる。

 「エルサレム賞」の受賞で、イスラエルに行き、「壁と卵」と題したスピーチで、「私は常に卵側に立つ」、「その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます」と、強者より弱者の立場に立つことを強調したことに象徴的に表れたとされる。

 「シオニズムにせよイスラム原理主義にせよオウム真理教にせよ、それが宗教であれイデオロギーであれ、ある種の『原理主義』に魂を委譲してしまう人たちは、『原理原則の命じるままに動くようになる』ために、極めて扱いづらい危険な存在となっていく」という発言などから、ネット上では炎上したようである。

 原発や尖閣諸島問題でも、ネット上では「日本政府の背後から銃弾が炸裂するように、思い切り国益に反する発言を続けざまにしていた」などの批判が見られる。

 当時の南京市民は20万人であったことが確認されており、そもそも40万人虐殺などファンタジーでしかあり得ない話である。

 それとも、文芸評論家の田中和生氏が「混沌化が増す村上春樹の世界」(『WiLL』2017年5月号所収)で書いたように、日本(軍)による「自明の悪」としたかったのだろうか。

 たとえ伝聞の形をとった小説でも、歴史に無神経に向き合えば、日中間の政治問題に発展しないとも限らない。