千差万別のご当地納豆、東北で好まれる納豆とは?

今もなお続く、“東高西低”の消費状況

2018.10.05(Fri) 佐藤 成美
筆者プロフィール&コラム概要

西日本での納豆支出金額は東北の半分ほど

 納豆の好みは地域によっても差がある。「関西人は納豆が嫌い」とか「納豆を食べない」とよく聞くが、先の納豆に関する調査でも、「全く食べない」という回答の率が最も高いのは近畿地方だった。

 一方、納豆をたくさん食べるのは北海道や東北など東日本だ。県としては、水戸納豆が有名な茨城のほか、秋田や山形、福島などは納豆をよく食べることで知られる。2017年の家計調査(総務省統計局)によれば、1世帯当たりの納豆支出金額は東北地方で5696円、関東地方は4563円と続く。一方で、四国地方は2478円、沖縄県は2635円、近畿は2834円と、東北地方の半分くらいだった。

 西日本では納豆を食べる習慣があまりないということが支出金額でも示されている。食べられてこなかった理由には、気候が温暖なので納豆を保存しておけなかったから、たくさん獲れる魚でタンパク質をまかなえたから、中国から伝わった塩辛納豆が普及していたからなどの説がある。

 だが、納豆に含まれるナットウキナーゼの血栓症予防効果やビタミンKの骨粗鬆症予防効果などの健康増進効果が注目されるようになると、関西でも納豆の需要が増えてきた。今では、関西のスーパーマーケットでも関東に負けない広い納豆売り場が目を引く。

江戸時代は汁に、食べ方の変化

 納豆の食べ方は、かき混ぜてご飯にかけるのが一般的だ。前出の「納豆に関する調査」でも、6割を超える人が納豆はご飯にかけて食べると回答した。納豆をかき混ぜればかき混ぜるほど粘りが出ておいしくなるといわれ、納豆の粘りが出やすい納豆鉢やかき混ぜ機まで販売されている。何回かき混まぜればいいのか、調味料を加えるのは後か先かなど、納豆の食べ方も納豆好きの間ではよく議論されている。

 ところが、江戸時代初期までは、納豆は「納豆汁」として食べるのが一般的で、ご飯に粒納豆をかけて食べる習慣はなかったようである。

 納豆の起源は、稲わらで包んで保存していた大豆の煮豆が、わらに多くいる納豆菌の作用で自然発酵したものとされている。いつどこで納豆ができたのかは諸説あるが、弥生時代には大豆も稲も栽培が始まっていたので、すでに納豆らしきものを食べていたのではないかと考えられている。記録に残るものは室町時代からだが、その頃の書物にはすでに納豆汁の記載がある。

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サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)、農学博士。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『「おいしさ」の科学』(講談社ブルーバックス)『お酒の科学』(日刊工業新聞社)など多数。


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