さらば硬いイクラ! 通電加熱が水産食品を変える

「鮭の卵」への眼差し(前篇)

2018.09.24(Mon) 漆原 次郎
筆者プロフィール&コラム概要

硬さを抑え、生のような食感を保つ

「イクラの通電加熱に取り組んだのは、当初、生ものの殺菌するためでした。その後、加熱で硬化も抑えられるのではないかと考えるようになり、取り組みが進みました」。上田氏は研究の経緯をこう話す。食中毒の予防とともに、硬化の抑制もできれば、イクラの品質の向上につながる。

上田智広(うえだ・ともひろ)氏。岩手県水産技術センター上席専門研究員。北里大学水産学研究科修士課程を修了。1991年、岩手県に入庁し、岩手県水産試験場加工部に所属。岩手県庁農林水産部水産振興課での勤務を経て、2008年に岩手県水産技術センター利用加工部へ。担当は水産資源有効利用技術、水産食品加工技術、水産食品評価技術。2015年より東京海洋大学博士後期課程に入学し、岡﨑氏の研究室に所属しての研究も並行。

 “硬いイクラ”の原因には、獲った母鮭がすでに産卵間近であること、また、イクラの製造工程中に日にちが経ってしまうことなどがある。こうしたイクラの膜では、トランスグルタミナーゼという触媒酵素のはたらきが活発になっており、膜上の分子と分子が結びついて硬くなってしまうのだ。「測定により、イクラを加熱すると酵素が失活して、硬くならなくなることを明らかにしました」(上田氏)。

 ここで通電加熱技術の威力が発揮される。たとえば、イクラを醤油漬けしたあと、60〜80℃で短時間、通電加熱すると、その後の冷凍・冷蔵貯蔵で起きる膜の硬化を顕著に抑えることができるという。「加熱したイクラは1~2日置いても軟らかいままですが、加熱しないと硬くなります。はっきり差が出ました」(同)。

 イクラへの通電加熱を巡っては「バッチ式」と呼ばれる方式が考えられてきた。イクラを水に浸した上で、その水を2つの電極に触れさせて通電する方式だ。

 さらに最近では「パイプ式」とよばれる、大規模加工向けの方式を適用するための研究も同センターと装置メーカーが共同で進めている。パイプを移動する食品に電気を通す方式で、これまでメカブやシラスなどへの適用が考えられてきた。これをイクラにも適用しようとしている。「パイプ式では、ポンプで送り出したイクラが潰れて、電気の流れ方が変動してしまう課題がありました。ポンプの設定に苦労しましたが、ほぼ実用化のメドが立ちました」(同)。

(左)バッチ式と(右)パイプ式によるイクラの通電加熱装置。(写真提供:上田智広氏)

 今年1月には、岩手県水産技術センターでの研究成果発表会で、通電加工イクラの試食も行われた。「食品業者の方にも食べ比べしていただき、多くの方にこんなに違うのかと言っていただけました」(同)。

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1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。


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