M&Aは日本で活発化するか

 パネルディスカッションは、アドライト代表・木村モデレートのもと、M&Aの具体的な部分にフォーカスがなされた。

「ベンチャーの協業パターンは大きく3つ。研究開発と連動するようなもの、事業シナジーが見えやすいもの、ムーンショットのような破壊的イノベーションを起こすもの」と朝田氏。事業シナジーは議論をしながら詰め、ムーンショットはispace(宇宙事業)や福井和郷(農業事業)を例に「情報収集をポイントにしています」。研究開発が最も難しく、技術優位性の確認、社内の類似テーマとの比較検討プロセスが確立できていないことなどが課題だという。

 大手企業によるスタートアップのM&Aは日本ではまだまだ少ないのが現状。主流になるための課題・論点があるとすると、「税制面で応援していますが、企業の意思決定が重要。KDDIとソラコムのような事例が出てくれば(石井氏)」

 太田氏はスタンスと制度両面からアプローチ。「世の中は日々めまぐるしく変わります。アンテナを高く張らないとスタートアップの動きについていけません。情報に定期的にアクセスし、行動し会いに行くことを繰り返すことで、社内でもスタートアップのM&Aが理解され、増えていくのではないでしょうか。バリュエーションの考え方も異なります。たとえばFacebookのWhatsapp買収金額は190億ドルでした。そういう世界があることを知らないと、『M&A候補先のスタートアップは売り上げがないのに30億円で買うのか?』といったおかしな質問に終始します」

 M&Aはリスクもあり、確率が低ければ時間もかかる。「証券時代から説いていますが、本気でやるなら数年で異動が発生するような人事制度や評価システムを変える必要があります。リスクとリターンが見合わないからです(太田氏)」

 昨年、シリーズBの調達をしたというスタートアップのオーディエンスから切実な悩みが明かされた。投資時のバリュエーションが高かったことで、いざM&Aをしてもらおうにも売却金額が高すぎて相手が出せない可能性があり、オプションとして選べないという。VCは定性的に評価してくれるが、大企業の評価基準・システムと乖離が出てきている。そこを埋めるような仕組みはあるのか?というものだ。

 アメリカでも同様の問題が数年前起きていたが、M&A主流に救われるかたちとなった。自然と投資時のバリュエーションが下がり、初期投資も受けづらい環境に変遷したのだ。ユニコーンを除き、そこまでの深刻度には至らなかった。

 対する日本はM&Aがそこまで活発化しておらず、このままでは路頭に迷うスタートアップが出てくることが考えられる。バリュエーションを高くつけすぎたスタートアップに責任の一端はあるとはいえ、彼らにIPO以外にもM&Aという選択肢があることを見据え、バリュエーションを抑えるようアドバイスすることも投資担当者にはできたと思われる。

「仕組みで解決できるわけではありません。大手企業側の投資回収の考え方やIRなどでの説明方法も変えていかないと難しいです(朝田氏)」「ファイナンスやラウンド情報はとれますが、バリュエーションは生き物。どうしても外的要因で変わります。その状況をちゃんと理解しないと。似たような会社が直近どんなファイナンスを行っているかなどの視点は参考になります(太田氏)」

 別のオーディエンスから、オープンイノベーションにまつわる契約の段階で受託契約となりがち。いい進め方があるか聞かれると、「ある程度フェーズを決めたらレベニューシェアにするなどの段階を決めてやるのはどうでしょうか。オープンイノベーションをゴールにすると詰めきれません。どのようにビジネスを協業していくか調整し、デッドラインも決めていくのがいいのでは(金川氏)」「経産省は大手企業とベンチャー連携において双方が使える手引書(自己診断シート付き)を定めています。まずは合意から始め、骨子を決めてマイルストーンを設定することが大事(石井氏)」

 年間20社ものベンチャー企業へのマイナー投資における意思決定のプロセスや評価軸、責任の所在については、「評価指標はビジネス面(シナジーなど)、財務面、会社そのものに対する経営リスクなどを評価項目として、VCと同様のシート形式にまとめています。運用面での課題も多いですが、責任の所在については事業を進める人、体制を明確化することを条件として少額出資検討会の決裁者で判断、実行しています。そのあとのフォローアップについても経過説明を行うという仕組みにしています(朝田氏)」

イベントを終えて

大手企業がM&Aに取り組むにあたり、評価基準・システムに乖離が生じているという指摘があったが、M&Aとしてのお金をどれだけ使えるかが鍵かもしれない。これからM&Aを始めようという企業の場合、少額かつ事業シナジーが合うものが進めやすい。すでに始めようとしている事業があるとすれば、不足している技術やリソースを補う目的での買収も国内でも起き始めている。完成したサービスを待つのでは遅いのだ。