中でも、11月の党代表選挙でアンワル氏の右腕となるナンバー2のポジションを争う党副総裁のポストを目指すアズミン氏とラフジィ氏の対立が表面化。

 アンワル氏は頭を痛めるが、「私の問題ではなく、彼らの問題」と臭いものに蓋をしてきた。

 しかし、日本の民主党政権誕生の裏舞台でも露呈したが、政界では往々にして「敵の敵は味方」になりやすい。マレーシアの政治史でも同じだ。

 アンワル氏もマハティール氏も、もとは今では野党となったかつて政権を61年独裁してきたUMNO(統一マレー国民組織)の中核メンバーで旧知の仲。アズミン氏は、かつてはマハティール氏の秘蔵っ子だった。

 1980年代にアズミン氏が留学先の米ミネソタ大学に当時のマハティール首相を講演に招聘したことがきっかけで、マレーシアに帰国後、マハティール首相が副首相だったアンワル氏の特別補佐官に抜擢した。

アンワル元副首相率いる人民正義党(PKR)の現副総裁、アズミン氏。マハティール政権の主要閣僚、経済大臣でもあり、マハティール首相の「秘蔵っ子」(筆者撮影)

 また、マハティール氏自らアズミン氏の仲人も務めた間柄でもある。

 1998年のアンワル氏の失脚後、特別補佐官だったアズミン氏は、投獄された同氏の意思を受け継ぎ、民主化運動を引っ張ってきた。

 そんな中、政権交代が政冶力学のパワーゲームを複雑化させてしまった。

 マハティール氏は、国会議員でもないアンワル氏に代わって、新内閣の要職の経済大臣に若いアズミン氏を抜擢。

 マハティール氏は筆者との単独インタビューで「自分の後継者は、本当は若い政治家がいい。アズミンは有能だ」と言っていたほど、高い評価を与えてきた。

 (「マハティールの野党勝利 61年ぶりの政権交代」 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53065

 アンワル氏の憂鬱は、ここにある。