ちなみに、私は前回の東京オリンピックの年に生まれましたが、高校生時代に「謎の死に至る病」AIDSが発見されたことで、別の恐怖を強く感じさせられました。

 雑誌「フォーカス」に載せられた患者の写真はそれはそれは強烈で、わけの分からない人と交渉などということは、およそできないという、衛生観念と言うよりは恐怖感を強く植えつけられたように思います。

 自分自身の若い頃を振り返ると、別段そんなに清く正しい人生を送ったと言うつもりもありませんが、ともかく「感染症は恐ろしい」という意識を常に持っていたのは間違いありません。

 母の父がこれに輪をかけて潔癖症で、米国で暮らした人でしたが、洋式トイレを逐一アルコール消毒していたのが代々続きました。

 私の身近な方はご存じかと思いますが、現在でも日常生活の私は消毒魔にほかなりません。

 整理整頓などは苦手なことが多いですが、殺菌消毒は好き嫌いという以前に、せずにはおられない。自分でもやりすぎかなと思うことがありますが、殺菌オタク的な面が環境遺伝しています。

 私が中学3年のとき、テレビのお化け番組「3年B組金八先生」がヒットし、中学生が妊娠出産というストーリーが社会に衝撃を与えました。

 1979年のことですが、この直後の1980年代初頭 AIDSの症例が報告され、私個人のリアクションはパーソナルなものだと思いますが、私たちの世代が、いわば、フリーセックスと黒死病の間で宙づりにされたような側面はあります

 やや主題がずれましたが、「婚前交渉」という言葉を考えるうえでは、歴史的な背景、特に疫学との関連を考える必要があるように思っています。

(つづく)