ミッション系の学校で育ち、そこで教師をしていた彼女の人生を考えるに、39歳のハネムーンまで他に交渉があったとは思えず、明らかに「貞操観念」を生きた人生だったと思います。

 そこにはもう一つ、19歳で大牟田空襲によって焼夷弾の直撃を受け、全身炭化火傷を負った彼女のコンプレックスもあり、およそ人前で肌をさらすようなことはありませんでした。

 余談ながら、お袋は自宅で亡くなり、警察の検視が入ったとき、全身のやけどが目についたようで、それについて不謹慎な質問があり、文字通り土下座させて謝らせたのを思い出しました。

 戦争というものを挟むと、あらゆる青春は全く狂ってしまいます。

 兵士は最前線で死の危機に瀕すると、DNAを遺そうとするのでしょうか、猛烈な性欲に襲われる生理的な事実が知られます。

 ここから、慰安婦の様々な問題が出て来るわけですが、兵隊は誰でも慰安所に行ったというわけではありません。

 全くそういうものを受け入れない、クリスチャンの日本兵といった存在も、ごく例外的だと思いますが確かに存在することを、教会に関係して私は実例を複数知っています。

 性教育に関する問題が出て来る時、かつては日本社会で当たり前だった「夜這い」を前提とするような議論も目にするように思います。

 決して軽々に結論づけるべきではなく、むしろ歴史的経緯などを踏まえて、議論すべき問題であるように思うのです。