あなたの体重がもしも50kgならば、体積もだいたい50Lなので、この瞬間に体内に存在するニュートリノは10万個です。ただし、ほぼ光速で入れ替わり続けていて、残留するものは1個たりともありません。

 検出器の中でニュートリノを何とか反応させ、残留させ、影響を残させる、というのがニュートリノ研究者の実験手法です。

カミオカンデがニュートリノ天文学を創始しちゃった

 本題のアイスキューブの前に、もうちょっと寄り道をします。アイスキューブの発見の凄さを理解するために必要な寄り道です。

 1987年、岐阜県の神岡鉱山に設置された巨大な水タンク「カミオカンデ」に、宇宙から到来したニュートリノが飛び込んで、10個ほどが検出されました。これは、大マゼラン星雲で生じた「超新星1987A」からのニュートリノでした。世界を驚かした超新星ニュートリノの検出です。

ハッブル宇宙望遠鏡が捉えた超新星1987Aの姿(中央)。 Image by NASA, ESA, and R. Kirshner (Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics and Gordon and Betty Moore Foundation) and P. Challis (Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics), under CC BY 4.0.

「(重力崩壊型)超新星」とは、重めの恒星が寿命の最期に起こす大爆発です。この際、凄まじい熱と光が放射されて銀河を照らしますが、一緒に膨大なニュートリノも放出されます。

 実をいうと、超新星のニュートリノの放射エネルギーは、爆発光の数十倍もあるのです。ニュートリノがほとんど物質と反応しなくて幸いです。もしもニュートリノが物質を温めたり変化させたりしたら、近所の星や生命はただでは済まないでしょう。

 カミオカンデによる超新星からのニュートリノ検出は、物理学に何重ものインパクトを与えました。地下1kmに設置された水タンクが、16万8000光年先の天体現象を検出する望遠鏡として働いたのです。

 これまで人類が天体を観測する手段は、電磁波にほぼ限られていました*2。ところが1987年、幽霊のような素粒子ニュートリノが観測手段に加わったのです。「ニュートリノ天文学」の始まりです。この時点で、太陽と超新星1987Aだけを対象天体とする天文学です。

*2:天文学には、「太陽観測は天体観測と呼ばない」という伝統があるので、太陽ニュートリノや、太陽由来の宇宙線を観測しても、天文学とは呼びません。また、太陽観測衛星は天文衛星と呼びません。