想像以上の働き者、胃の正しいメンテナンス方法

考究:食と身体(4)炉の神ヴェスタ篇

2018.07.27(Fri) 大平 万里
筆者プロフィール&コラム概要

 ギリシャ・ローマ神話における炉の神は「ヴェスタ」だ。目立ったエピソードのない女神ではあるが、炉を守ることから「家庭生活の守護神」とされている。電子レンジやガスコンロ、そしてマッチのない時代では、火種を維持し料理を行う炉は、家の中心だったのである。調理に欠かせない鍋を仕切っていたのも、ヴェスタだったかもしれない。

 その炉や鍋の維持・管理は、地味ながら案外と大変だ。火(胃液)が途絶えたら使い物にならないし、火(胃液)の扱いを間違えれば鍋は焦げ付き、下手すると火災(大炎症)となりうる。炉の灰や使い終わった鍋は、ちゃんと掃除もしておかなければならない。

 胃も同様である。「胃の機能は食物を消化して十二指腸へ送る」というのは誤りではないものの、胃の日々の地道かつ巧妙な活動に対してあまりに省略しすぎである。

「吟味する場所」としての胃

 まず、胃は想像以上に「動いている」。胃というと、くびれのないひょうたんのような形を思い浮かべる人も多いかもしれないが、実際のところは状況に応じて刻々とその形態が変化する。たとえるなら、胃はサポート靴下のように自在に伸縮する器官なのだ。

 食物が入ってくれば柔軟に膨らみ、前々回でも言及したように、その機械的刺激は迷走神経やホルモンを通して満腹中枢へ届く。

 さらに、胃は消化酵素(主にペプシン)によって食物(主にタンパク質)を化学的に分解するだけではなく、蠕動(ぜんどう)運動を緩やかに繰り返しながら、内容物を物理的にすりつぶして粥状にしてゆく。いわば、加熱中の鍋の内容物を、お玉で念入りにつぶしているような状況である。

 これは、消化中においては胃の出口にあたる「幽門(ゆうもん)」が原則閉じていることが大きい。消化中の胃の内容物は強酸性であり、そんなものが胃から際限なく漏れ出てゆくのは、炉の火がカーテンに飛び火するのと同じくらい、他の臓器にとっては危険である。ということで、ホルモンや迷走神経による幽門の厳格な開閉調節によって細かく粥状になった消化物を、少しずつ十二指腸へ送り出しているのである。

 こうして見ていると、胃は一旦ため込んだ食物という名の異物を、十二指腸へ送り出す前にじっくり吟味する場所のように思える。実際、身体にとって問題のありそうな物を飲み込んでしまった場合は、瞬発的な激しい蠕動によって嘔吐を引き起こす(鍋から放り出す)ことになる。

この連載記事のバックナンバー
トップページへ戻る

1964年東京生まれ。生物・化学系ライター。熊本大学理学部生物学科卒業。北海道大学理学研究科博士課程修了。博士(理学)。旧工業技術院(現・産総研)、秋田県立農業短大附属属研究所などの流動研究員、高校教諭等を経て現在に至る。最近はその辺に転がる岩石の来歴が気になってしょうがない。


食の万華鏡

食の安全に対して国民の関心が高まっている。今後、安全で美味しい食の供給国としての日本を考えた時にもこの問題は重要になる。食の安全の話題を中心に、食トレンド、食品マーケットなど、食にまつわる様々なテーマを取り上げる。