今、安倍総理が目指している憲法改正論議は遅々として進まず、与党の重鎮でさえ積極的に取り入れようとしないことには呆れるばかりである。

 憲法第9条は人類の理想を掲げ「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力の威嚇または武力の行使はこれを永久に放棄する・・・」としつつ世界最強の米国と日米同盟を結び自衛隊を保有している。

 国際社会すべてが「正義と秩序」を確実に守れば全く問題ないが、それを断言できる人がいるであろうか?

 「平和憲法を死守せよ!」と叫ぶ人たちに「チベットの悲劇、東トルキスタンの悲劇」についてどの様に解釈できるか説明してもらいたい。

 これらは遠い昔の出来事ではない。今現在も南シナ海への進出、東シナ海への圧力、尖閣諸島への威嚇と明確な侵略意図を持った隣国が存在し、着々と触手を伸ばしているのである。

 日本国は軍事的に脅威となる事態を察知した場合にはそれ相応の軍事力を備えるのは独立国として当然で、間違っても非武装中立などの意見に押され軍事的な非対称状態に舵を切ってはならない。

 その防衛力整備の参考になるのは「大坂城冬の陣」であろう。この時の豊臣方はほとんど出撃せず、城内に一部侵入した敵兵の掃討のみに終始したが堅固な城砦と少数の守備兵の組み合わせで敵を撃退できた。

 最近、北朝鮮の非核化が進めば軍事力など不要と論じる向きもあるが、これこそまさに「大坂城夏の陣」の二の舞で「外堀は埋めよ」と言うに等しい戯言である。

 過去の状況と現代の各種状況は異なっているとしても、基本的な戦略的力学は時代を経ても相通じるものがある。

 危機が襲来する前に現在の科学技術をフル活用し、国民の生命財産を守る(非対称性を拡大させない)知恵を出すとともに、我が国の特性を生かして侵攻部隊を確実に撃退できる強固な砦を構成することに汗を流さなければならない。

 そして多くの国民が自分達の問題だと強く認識しなければならない。

 リデルハートは言う。「平和を望むなら戦争に備えよ!」 と 。「国破れて山河在り」では遅い。

*1=C.S Hartmann, W.S Jones and H. Vollers, “Wideband Unidirectional Interdigital Surface Wave Transducers” IEEE Trans. Sonics and Ultra Sonics. SU-19(1972) 378.
*2=K. Toda and Y. Shinoda, “Surface Wave Devices using Tree Phase Interdigital Transducers”Ferroelectrics, 9 (1975) 33.