しかし、誰にも負けないその道の「プロ」として、自分をはるかに凌ぐ知識と、技量と、そして何よりも「情熱」を持っていることを感じさせたとき、彼らの一瞬の身構えは尊敬に変わり、「本場」の城は、すっと明け渡される。

 ルソーが生き、描き、そして評価されることなく死んでいったフランスで、『楽園のカンヴァス』が出版されたことは、単に日本の小説が仏語に訳されたという以上の意味を持つ。主人公ティムが展覧会へ込めた思いのように、この小説はルソーから「税関吏」という「いまわしいあだ名」を取り去り、「かつて税関に勤めていた日曜画家」のイメージから復権させる、というミッションを担っているのだ。そして、ブロガーの感想が示しているように、その目論見は見事にフランス人読者に伝播している。

 5月31日、仏語版出版を記念したイベントがパリで行われた。会場は、20世紀初頭に芸術家が集まったモンパルナス地区にあり、アンリ・マティス、パブロ・ピカソ、マルク・シャガールなどの巨匠がリトグラフ制作を行った工房「イデム」。原田氏の小説『ロマンシエ』(小学館)の舞台にもなっている場所だ。創立から130年以上経っても、最近では珍しくなった石版によるリトグラフの伝統技術が継承され、現代美術家のウィリアム・ケントリッジ、映画監督、画家、写真家のデヴィッド・リンチ、日本人作家の加藤泉など、世界中で活躍する名だたるアーティストたちが、熟練した職人とともに日々アートを生み出している。

プレス機が並ぶ工房「イデム」(筆者撮影)

 重厚なプレス機が並び、壁に有名作家のリトグラフ作品が貼られた工房の中で、原田氏は対談相手にフランスの小説家マリアンヌ・ジェグレ氏を招いた。ジェグレ氏は昨年、日本で著作『殺されたゴッホ』(小学館文庫)を出版。仏語訳を出版した日本の人気作家と、日本語訳を出版したフランスの人気作家。「ゴッホ」と「ルソー」という、美術を扱った題材。多くの共通点を持ちながらも、まったく違う手法で小説世界を構築していく2人の女性作家の対談は、『にんじん』で知られるフランスの小説家ジュール・ルナールの「2人の作家が出会ったとき、彼らは話すのではない。監視し合う」というエスプリの効いた引用で始まり、原田氏の小説さながら、知的な仕掛けに満ちたものだった。

大野ゆり子
エッセイスト。上智大学卒業。独カールスルーエ大学で修士号取得(美術史、ドイツ現代史)。読売新聞記者、新潮社編集者として「フォーサイト」創刊に立ち会ったのち、指揮者大野和士氏と結婚。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギー、フランスの各国で生活し、現在、ブリュッセルとバルセロナに拠点を置く。

◎新潮社フォーサイトの関連記事
「スペイン新首相」は膠着「カタルーニャ問題」に風穴を開けられるか
「プチデモン逮捕」で先が見えないカタルーニャ「自治復権」
カタルーニャ「独立」を戦う「諧謔」という武器