キュレーターでありMoMAにも勤務した経験を持つ原田氏が、フランス人画家アンリ・ルソー(1844~1910)をテーマにして描いたこの小説は、2012年に刊行されると、山本周五郎賞、雑誌『ダ・ヴィンチ』プラチナ本賞、テレビ番組『王様のブランチ』ブランチBOOKアワード大賞などを受賞した話題作である。

 真贋論争を軸に、物語は21世紀の倉敷から20世紀後半のニューヨーク、バーゼル、そして20世紀初頭のパリと、異なる時空間を交錯しながら展開していく。美術展やオークションの舞台裏という、素人には見る機会のない美術界の内幕を覗き見ながら、読者はそもそもの根源であるルソーの世界へと誘われる。ルソーとはどういう人で、何を描こうとしたのか。何を思い、誰と過ごし、人生をかけてどんな美を探求していたのか。そして画家の死後も、独自の魂を吹き込まれたように「生き続けていく」作品たちは、どんな運命をたどるのか。

 この小説では、ダン・ブラウンの『ダヴィンチ・コード』のように、ルーブル美術館で誰かが殺されるわけではない。殺されるどころか、むしろルソーは小説の中で、感情を持った人間として生き返る。最後のページまで息もつかせぬ張り詰めたサスペンスは、美術そのものが持つ磁力だけで持続されていく。壮大なエンターテインメントでありながら、読後に心に残るのは、ルソーのアトリエで、まだ絵の具が乾ききらないカンヴァスの、濡れるような密林の緑を目のあたりにする、という美術史の「夢」のような追体験だ。

フランス人はいまだに「税関吏ルソー」と呼ぶ

 ルソーの故郷フランスでも、読者の反応は日本と変わらない。

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「(筆者の)驚くべき芸術的な教養と、ルソーに向けられた溢れるばかりの情熱に支えられた感動的な小説。ピカソをはじめとした現代絵画にとっての、ルソーの重要性をしっかりと読者が理解するまで、そしてアンリ・ルソーが『税関吏ルソー』というあだ名ではなく、『アンリ・ルソー』という本当の名前で呼ばれるまで、原田マハは読者を離さない」

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