このガン細胞に特化して、クロストリジウム属の細菌はアタックを仕かけるという性質があることから、毒素を作り出さない菌種を腫瘍に植えつけて「食べさせ」ガンだけを退治する、という療法が研究されています。

 また、ボツリヌス菌が作り出す毒素のたんぱく質は、人間の神経系に作用してブロックしてしまうことから、呼吸停止など致命的な症状を引き起こすこともあります。

 しかし、制御して使えば、神経系統の過緊張を和らげる効果を発揮させることができます。

 脳卒中や脊髄に由来する症状、神経性ジストニアなどの病気では、運動機能障害の一つとして、脳からの命令と無関係に体が緊張してしまう「痙縮」という症状が知られています。

 そのような状態にある神経に、ボツリヌス菌由来の特定の毒素だけを精製、ごく少量注入すれば、関連の神経機能の過緊張のみをブロックし、和らげることから、運動機能障害の改善を企図することができます。

 「ボトックス療法」として広く知られる、こうした治療法も、病原性細菌とその生成物の細かな研究と、その性質の解明から得られたものです。

 病気をただ単に病気と見て蓋をするのでなく、あくまで冷静、客観的、サイエンティフィックで合理的なファクトに基づく地道なリサーチによって毒も転じて薬となるという典型と言うべきでしょう。

 私たちの身の回りには、目に見えない様々な生命体がひしめいており、普段はおとなしくしていても、その性質が暴走すると、とんでもないことにもなりかねませんし、暴走しうる性質も、制御して別の用途に用いれば、役に立つこともある。

 こうしたすべて、一つひとつの症例、また一人ひとりの罹患者、ないし犠牲者のカルテや、残されたデータ、さらには菌種などから得られた知見にほかなりません。

 小さな傷でも泥で汚れたら早めに消毒、など習慣づけることで、予防効果は高まるかと思いますが、こうしたことは医師の指示を仰ぐのが正道でしょう。

 ということで、改めてスチリン氏の冥福を祈るとともに、私たち誰もが体内に持っている常在菌で、こんな恐ろしい病気が発症し得ることを改めて認識し直ししたいと思います。

 特に子供の泥んこ遊びなど、普通に目にする状況にも、様々なリスクがあること。老人など免疫が弱っている個体の不用意な創傷、消毒不足などは、時に致命的な症状への進行があり得ること、注意したいと思います。