究極の時短料理? 群馬に伝わる「おっきりこみ」

製糸業や農業の多忙で広まった郷土料理

2018.07.06(Fri) 佐藤 成美
筆者プロフィール&コラム概要

 地域によって「おきりこみ」「にぼうとう」など多少、呼び方が変わるが、おっきりこみという名前は、伸ばした生地を切りながら、鍋に入れたためについたといわれる。

 一般家庭で小麦粉を使った料理が食べられるようになったのは、石臼が庶民に広まり、粉をひくことができるようになった江戸時代中期以降と考えられている。その後、おっきりこみが広く食べられるようになった背景には、繊維業の発展が関わっている。

 江戸時代末から製糸の機械化が進められ、1872(明治5)年には、群馬県富岡市に富岡製糸場が建設された。それをきっかけに製糸工場がたくさん造られ、明治から昭和にかけて桐生や伊勢崎は同時に養蚕農家も増えた。農家の主婦は畑仕事や家事のほか、養蚕も加わり、たいへん忙しかった。おっきりこみは忙しい農家でも短時間で作って食べられると広がったのである。

「おっきりこみプロジェクト」始まる

 群馬県の名産品といえば、こんにゃくやねぎ、焼きまんじゅうなどが思い浮かぶ。また、山梨県のほうとうは有名だが、おっきりこみは初めて聞いた。珍しがる筆者を横目に、「おっきりこみは当たり前の食べ物だと思っていた」と地元の人は言う。かつては、毎日夕食はおっきりこみだったという地域もあり、今でもよく食べられている。学校の給食でも出るという。

 このように群馬県人の食生活に深く溶け込んでいる食べ物だが、それゆえ県外の人にはあまり知られていない。また、地元でもおっきりこみを知らない人が増えてきた。

 そこで、群馬県は、おっきりこみを県内外に広くアピールしようと、2013年から「群馬県おっきりこみプロジェクト」を始めた。ホームページを開設し、おっきりこみを紹介するとともに、スタンプラリーなどのイベントを開催している。

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サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)、農学博士。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『「おいしさ」の科学』(講談社ブルーバックス)『お酒の科学』(日刊工業新聞社)など多数。


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